2024年11月14日

京洛逍遥(900)三天皇陵を巡った後は伏見の温泉で足腰の温浴療法

 近衛、鳥羽、白河の三天皇の御陵を巡って来ました。近鉄竹田駅から近いところに、三陵墓がかたまっています。以前、城南宮に行った時に、この前を通りました。しかし、また来るだろうと思って素通りでした。

 近鉄の線路沿いに50メートルほど南に歩くと、第76代・近衛天皇安楽寿院南陵に至ります。父は第74代・鳥羽天皇、母は美福門院。ご陵は二重の多宝塔でした。1142年に3歳で即位し、鳥羽上皇が院政を行なう中、1153年に失明、1155年に16歳で夭逝されています。ここでは、ウェブサイト「京都風光」(京都寺社案内)を参考にして記します。

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 この御陵がある安楽寿院の入口に、第72代・白河天皇と第74代・鳥羽天皇の院政の地である石碑があります。鳥羽天皇はこのすぐ北にあり、白河法皇の陵墓はここから国道を渡った西側にあります。

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 この石碑からすぐ北に、1156年に亡くなった鳥羽天皇の安楽寿院陵があります。方形堂が陵墓となっています。父は第73代・堀河天皇。鳥羽天皇の没後9日目に保元の乱が起きました。


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 油小路通を渡るとすぐに、第72代・白河天皇の成菩提院陵があります。1129年に亡くなりました。父は第71代・後三条天皇です。「賀茂川の水、双六の賽、山法師(延暦寺衆徒の強訴)は、これ朕が心に従わざるもの」(天下の三不如意)と嘆いたのは、この天皇(院)です。

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 私は、院政期にはあまり問題意識がなかったこともあり、足が向きませんでした。これで、どんな時代だったのかと、少し興味が湧きました。

 白河天皇陵から北へまっすぐに歩くと、すぐに伏見の天然温泉である力の湯に着きます。足腰がふらつく日々なので、ゆっくりと時間をかけて、出たり入ったりを繰り返す、温浴療法をしました。足腰が軽くなり、歩きやすくなったように思います。今後とも、ゆっくりと対処していこうと思います。




posted by genjiito at 20:22| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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