戦後の谷崎の随筆の一つです。
東京育ちの谷崎は、長唄や清元には親しんでいたといいます。しかし、上方の地唄は関西に来てから知り、「雪」の思い出を語るのでした。
話の中で、茶の湯の手前と、12、3分の地唄の演奏が合うように作られている、ということが語られます。茶道との関係の指摘は、とにかく新鮮でした。【3】
以下、谷崎の当時の物の見方などがわかることとして、私がチェックした箇所を整理して引きます。
・いつたい人の死を悼む感情は、何處の國でも同じやうな性質のものだと見えて、外人の手に成るピアノの曲なども、割合にわれに理解されやすく、名演奏家の名曲をきけば深い感動を覚えることもあるけれども、たま/\「残月」のやうな曲に接すると、何と云ってもこれこそ眞に日本人の死を美化したもの極限であり、われ/\の死後の魂の行き着く所を示したものだといふ氣がする。(208頁)
・詞章の解釋も表面的であり過ぎる。殊に「凍る衾に鳴く音はさぞな」の「衾」を「襖」と穿きちがへた振などがあつたのは改めたであらうか。私は山村流の舞も、古い型を忠實に守ってゐるものは京舞に劣らず好きであり、此の舞などにも一往の美しさは認めるけれども、もつと原曲の心持を掘り下げた、しみ/"\とした氣分の出るやうな振であつたならばと思ふ。(210頁)
・あれだけの名曲の、而も井上流には最もふさはしい筈の舞が、京都にないといふのは残念であるから、たとひ新しい振附にせよ、是非とも京舞としての「雪」を完成し、山村流とは全然別趣の、いかにも京都らしいものを作つてくれることを、私は切に今の家元やさだ女あたりに望むのである。(210頁)
・これは餘談であるけれども、私は先年の戰争の期間中に、「細雪」の上と中とを書き上げた外にはこれといふ仕事もせずにしまつたが、消閑の具としては蓄音器の外にラヂオを聴くぐらゐなものだったので、浪花節を除く他のものは随分いろ/\と聴いてみた。そして結局ピアノが一番好きになってしまったのは自分でも意外であった。(215頁)
・こにもう一遍繰り返しておくが、さうは云つてもほんたうに自分の魂を「心の故郷」へつれて行つてくれるものは、矢張「雪」や「残月」のやうな自分の國の古典音樂に限るのである。(215頁)
初出誌:『新潮』昭和23年10月号
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