2024年09月25日

京洛逍遥(888)京都駅の大階段の用途と機能の見直しをお願いします

 先週土曜日に東京から帰ってきてからというもの、身体の右半身の調子が思わしくありません。右足が怠くて違和感があり、上がり難いのです。右手も何となく突っ張った感じで、口も思うように動かないので喋り難い状況でした。
 翌日曜日に、いつもの散策の途中で一車線の道路で縁石に躓き、みごとにひっくり返りました。T字路の手前の道路を横切ろうとした時、右足が縁石を越えられずに足の甲のつま先が引っ掛かり、右膝から路面に崩れ落ちて転がったのです。右手をグーの形に握りしめて頭を地面に打ち付けないように守ったようで、右手の甲の関節の各所から血が出ていました。幸い、そこに自動車が来なかったからよかったものの、もし来ていたら頭部が撥ね飛ばされていたことでしょう。右足は相当アスファルトに強打したようで、ズボンの膝が大きく破れ、血が滲み出していました。

 すぐに近くのドラッグストアへ飛び込み、消毒液と絆創膏を買い、妻の手を借りて応急処置をしました。私は、血液がサラサラになる薬を飲んでいるので、出血はいまも完全には止まっていません。
 月曜日は一日中、身体の痛みを我慢しながら休息日としました。
 身体の節々が固まり出したようなので、今日は京都駅の大階段へ行き、足の上げ下ろしの体操を兼ねたリハビリウォーキングをして来ました。

240925_大階段.jpg

 この階段は、先日も書いたように、手摺りが真ん中だけにしかないのでリハビリには使えません。ちょうど人が少ない時間帯だったので、一本しかない手摺りを独占して、右手を這わせながら右足を意識して上げながら登り切りました。
 情けないことに息が切れ、足腰が熱をもって重くなりました。日頃から平地ばかり歩いていたので、それではリハビリにならないことを痛感しました。
 頂上の休憩スペースで呼吸を調えていると、四隅にあった竹やぶの中に我が家にもあるボーズのスピーカがあり、そこから水の音が流れていることに気付きました。雨の日も雪の日も、音を流しているようです。

240925_スピーカ.jpg


 手摺りには弱者への配慮がまったくないのに、こうした環境作りには気遣いがなされているのです。この大階段のデザインと設計には、粋な配慮はあるものの、思いやりには欠けていると思います。

 さて、帰りはエスカレータにしようかと思いました。

240925_エスカレータ.jpg


 しかし、下りは段差で躓くことはないので、リズミカルに降りることを意識して下りました。
 下りでは太股とお腹の筋肉を使うようで、気持ちよく身体がほぐれて、転ぶ心配もなく快適な運動になりました。

 それにしても、この無機質で無粋な鉄骨が不規則に飛び出したデザインは、次の機会には背景の自然を取り入れたものに変えてほしいものです。その時には、しつこいようですが、五体満足な健常者だけのものではなく、階段の左右に介助具としての手摺りを一本ずつ付けてください。
 私は、脳梗塞のリハビリとして、この大階段を活用し出しました。今日の昇り降りによって身体は少しほぐれたようで、帰り道では身体のふらつきがあまり感じられませんでした。

 京都駅の大階段の用途と機能を見直し、リハビリの機能という視点を盛り込んだ再点検と再設計を、関係者のみなさまにお願いするしだいです。




posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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