2024年09月11日

京洛逍遥(884)五条通から堺町通を北上した後は夕方から京都駅で会食

 いつもは京都駅からスタートする街歩きも、今日は京阪電車の清水五条駅からです。歩く予定の堺町通は、京都駅からは道が不明で、今は五条通からしか確認できないからです。京都駅から五条通までの堺町通がどうなっているのかは、また調べておきます。

 五条大橋の袂に、源融の屋敷だった河原院の邸宅址があります。

240911_河原院址.jpg

 源融は光源氏のモデルの一人であり、『源氏物語』の六条院は河原院を模していると言われています。

240911_河原院石碑.jpg

 高札には、次の説明文が記されています。


源 融 河原院跡
 この付近には、嵯峨天皇皇子で『源氏物語』の主人公 光源氏のモデルの一人とされる平安時代前期の左大臣源融(八二二~八九五)の邸宅 河原院があった。東西は現在地から柳馬場通まで、南北は現五条通から六条通(一説に正面通)に及ぶ広大な敷地を有する、平安京屈指の大邸宅であった。
 邸内には陸奥塩釜の風景を写した庭園を造り、難波の浦から運んだ海水で塩焼きをしては、その眺めを楽しんだという。河原町五条の西側に「塩竈町」「本塩竈町」の町名があるのは、このことに由来する。また、この榎の大樹が邸内にあった森の名残とも言われている。河原院自体も、『源氏物語』で光源氏が自邸として造営した六条院に投影されており、作中では源氏が妻たちとともに住み、冷泉帝・朱雀院の行幸を得て栄達の極みを謳歌する舞台となっている。
               京都市


 五条通にもどり、西に進んで堺町通へ入りました。

240911_堺町通.jpg

 五条通から堺町通をまっすぐ北に歩くと、『源氏物語』の夕顔の石碑が建っていました。石柱には、「源語伝説五条辺 夕顔之墳」と刻まれています。隣のマンションの名前も、これにちなんで「夕顔」です。

240911_夕顔石柱.jpg

 ここの住所は、下京区夕顔町。なかなか雅な名前です。

240911_夕顔町.jpg


 この堺町通も、仏光寺で迂回して四条通へと伸びています。

 京阪の祇園四条から自宅に着いて間もなく、姉から連絡が入りました。京都に姪と一緒に来ているので、夕食をしないかということです。久しぶりに会うので、夕方また京都駅まで出掛けました。姪には、下鴨から宇治への引っ越しでお世話になり、過日は西国巡りでまたお世話になっています。京都駅には30分ほどで行けるので、少し休んでから駅に向かいました。
 京都劇場の横の日本料理屋に予め予約を入れておいたので、カマクラのように丸い4人部屋で楽しくお膳をいただきました。




posted by genjiito at 22:07| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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