2024年09月09日

京洛逍遥(883)京都市役所から寺町通と新京極通を歩く

 今日は朝の涼しい内に、京都市役所の京都市文化市民局地域自治推進室へ行きました。
 先週金曜日に、京都地方法務局でNPO法人〈源氏物語電子資料館〉の定款変更の手続きが完了したので、その時に取得した登記事項証明書を登記完了提出書として市役所に持参するためです。郵送でも構わない、とのことでした。しかし、リハビリを兼ねて出歩いているので持参します、と言ってお昼前に行きました。

 昨年末からの担当者である藤原さんが、確認の後に受理してくださいました。これで、昨秋から抱えていた問題が、無事にすべて終わりました。次は、来年4月の役員の更新手続きです。

 私は、事務処理は得意でした。国文学研究資料館に在職していた時には、膨大な事務関連の書類を科研担当の補佐員さんと一緒に作成し、事務官の協力を得て連携し、手早くこなしていました。しかし、近年はその処理能力が落ちていることを自覚自認することがしばしばです。
 定年退職後は、一人で書類を作成・調整することになったこともあるのでしょう。2ヶ月もあればできることが、なんと10ヶ月もかかったのです。こうした効率の悪さは、今やしばしば体験するようになっています。加齢と共に作業スピードを始めとして、段取りも悪くなっています。今後は、かつてテキパキとこなしていた状態ではないことを自覚しつつも、早めの着手と確実なステップを踏むことによる書類作成を心がけることにします。

 庁舎を出ると、まさに熱暑です。大急ぎで寺町通に入り、今日も矢田寺にお参りしました。さらに、南に下って新京極通に入ると、その入口にある「つえ屋」の看板の前で立ち止まりました。

240909_つ衣屋.jpg

 「え」が、その字母である「衣」のくずし字であることは、以前からわかっていました。しかし、今日は、昨日歩いた高倉通の高市大明神の奉納額にあった「おみ久じ」の「久」が思い出されたのです。

240909_おみ久じ.jpg

 さらに、妻がいつも行く服地屋さんのノムラテーラーに行っている間に寺町通をブラブラしていると、ラーメン屋さんの「あ久た川」の看板の文字が気になり出しました。

240909_あ久た川.jpg

 「つえ屋」以外の2つは、共に「久」の崩し字です。その「久」の字形が、紛らわしいままに残っています。手書き文字の風合いを残すために、こうした字形で書かれているのでしょう。この「久」と「衣」がよく似た字形に見えるのです。

 1900年(明治33年)に文部省が、五十音図を定める時に一つの字形に強制的に統一し、それを国民に押し付けました。しかし、今散在する街中の看板などには、いくつかの仮名文字が五十音図で外された、いわゆる変体仮名として残っているのです。そうした日本語としての仮名文字を、今の日本人や海外の方々は正しく読める環境にあるのでしょうか。国策として平仮名を1文字に統一したことが、無策な国語国字方針により、無責任なままに放置されているのです。日本語の中でも、仮名文字の整理はなされないままにきています。

 私は、これらの文字を「街中の変体仮名」として、現状の報告を続けています。私が受け持っている源氏講座で、こうした事例を教材として取り上げ、街中に散見する変体仮名として問題提起をしています。特に、変体仮名がユニコード(UTF8)として、世界中の人々が自由に使えるようになったにも関わらず、ひらがな発祥の地である日本では、デジタル・コミュニケーションにおいて自由に使える環境が構築されていません。自国の文字である仮名文字が、海外の方には自由に使える環境ができている、というこの現実を、もっと我々は知るべきです。日本語を日常的に使っている日本において、このていたらくは恥ずかしいことだと思います。





posted by genjiito at 23:29| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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