■「証言」
自宅から遠く離れた愛人の住む地域で、偶然自宅の近所に住む男と出会いました。軽く会釈されたので、反射的に答礼したのです。その男が、殺人犯にされたので、その時間のアリバイを証明してくれと頼まれます。しかし、愛人に見送られていた時だったので、バレることを恐れて証言を拒否しました。
裁判の過程で、自分が偽証の中におり、容疑者の犯罪を立証する鍵を握っていることを知ります。
嘘が、巡り巡って自身に返ってきます。思いがけないことから、思いがけず解決するのでした。
最後は、「人間の嘘には、人間の嘘が復讐するのであろうか。」(251頁)という言葉で終わります。
短編なので、一気に読みました。しかし、もっと話を展開して愛人のことに切り込むと、さらに物語は完成度を高めたと思われます。人間の心理に食い込む洞察を加えると、もっとおもしろくて意外性のある作品になったのではないか、と思いました。【4】
初出誌:『週刊朝日』1958年12月
『黒い画集』(『松本清張全集 4』1971年8月、文藝春秋)の最後に、「『黒い画集』を終わって」という作者の解説があります。その中で、この「証言」について清張は次のように言っています。
これは、当初のもくろみでは十五枚のつもりだった。だが、とてもそれでは書き切れずに、二回にわたって三十枚とした。これを読んだ編集長は、かえってあれでは短い、と言いだした。しかし、今も読みかえしてみて、私はあれでいいと思っている。この「証言」は、映画化にあたって橋本忍氏が脚色したが、その後半の付加は橋本氏の創意である。映画を見て、私ももう少し枚数を費やしてあのとおりの結末にした方がよかったと、ちょっとくやしかった。この映画の出来がよかったのは、堀川弘通監督の手腕にもよるが、橋本氏の才能である。ついでながら、小説の映画化は短編ほど成功するという考え方を、この映画でいよいよ確信した。脚色家が十分に自己の独創を原作の余白に振るうことができるからである。(482頁)
■「寒流」
支店長の愛人に、知ってか知らでか割り込もうとする学生時代からの友人である常務の登場。男同士の執念の闘争が、次第に具体的に描かれます。そして、支店長の左遷。辛酸を舐めさせられます。
女の強さ、強かさが背景にある作品です。男は、哀れな存在です。清張の作品によくあるパターンだと思います。
さて、支店長の復讐劇は、いろいろな試みを経て、ついに予想外の成果を上げます。読者も溜飲を下げる大団円で幕を閉じます。執念が実を結んだのです。一気に読ませる物語でした。【5】
初出誌:『週刊朝日』1959年9〜11月
『黒い画集』(『松本清張全集 4』1971年8月、文藝春秋)の最後に、「『黒い画集』を終わって」という作者の解説があります。その中で、この「寒流」について清張は次のように言っています。
「寒流」は、ある銀行マンの話だが、多少モデルがないでもない。しかし、できあがったものは全然別である。最初から、私はこれを風俗小説ふうに仕上げてみたかったのだ。「寒流」は最後までどのように結ぶべきか苦しんだ。回数は重なってゆくばかりである。そして、最初の考えでは、おとしいれられた支店長がさまざまな抵抗をするが、組織の中の上層部にいる者には、とてもかなわないというところで終わりにしたかった。しかし、編集部の意見では、それではあまり絶望感が強すぎるので、救いがほしいと言った。つまり、支店長の感情は一般サラリーマンの感情だから、最後には復讐を遂げるようにならないか、ということだったが、私はその忠告を無視できなかった。それにも、もっともなところがあるからである。だが、その解決は最初の考えになかったので、はなはだ不満なものに終わった。(483頁)
■「凶器」
捜査本部が思っているような証拠となる物が出てきません。疑われた女は、何も関係ないことになります。強引な見込み捜査が行われたことになります。そして、結局犯人は見つからず、捜査本部は解散となりました。
それから4年後のことです。お正月の餅をかき餅にして食べようとしていた時に、殺人事件の凶器が何であったのか思い至るのでした。真実がどうかではなくて、謎解きの妙味を教えてくれる物語です。
なお、文中に「六右衛門は六十一歳の老人であった。」(322頁)とあります。「老人」とあるその年齢の意識の変転に、興味を覚えました。【4】
初出誌:『週刊朝日』1959年12月
『黒い画集』(『松本清張全集 4』1971年8月、文藝春秋)の最後に、「『黒い画集』を終わって」という作者の解説があります。その中で、この「凶器」について清張は次のように言っています。
次は軽いものを狙った。それが「凶器」である。これは、R・ダールの味を日本的にしたもので、独創という点では一番希薄である。しかし、このような味のものは、ひとりダールだけではなく、クリスティの「砂袋」や、題名は忘れたが、凶器に用いた貝殻を庭園の装飾にした作例がある。クリスティの「砂袋」は、もう三十年前に読んだ作品で、そのときはひどく感心した。このような味のものはできないかと考え、最初は凶器に小豆を設定した。だが、小豆では粒が大きくて密度がない。そこで日本旧来の正月の習慣である「のし餅」に替えた。そして田舎の味を出すために舞台を佐賀にとった。この作品の中で使われている方言は肥前地方のものである。私は佐賀県神崎町莞牟田という田舎に一年ばかりいたことがあるので、そのときの記憶によって書いた。方言は正確なものではないが、雰囲気だけは出せたと思っている。いったいに、推理小説といえば東京が舞台になりがちだが、地方に材料をとったものが、もっとたくさん出ていいのではなかろうか。これも、せいぜい三十枚程度にしたかったが、結局、少しのびた。(483〜484頁)
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