作者は、「篁日記」が彼の異常な恋愛事件を扱った私小説だ、として取り上げます。話は昨今の、私小説・身辺小説・純文学・高級小説に及び、この日記の意義を確認しようとします。
「まだ此の日記はさう多くの人に讀まれてゐないやうに思へるので、ことに宮田氏の注釋を参考にして荒筋を述べ、ところぐの情景を拾って見るのも無益ではあるまい。少くとも平安朝初期頃の京都人の生活に憧れを寄せてゐる人々には、幾分美しい夢の材料ぐらゐにはなるであらう。」(『谷崎潤一郎全集』新書判、164頁)
この直前に、次のように積極的に小説としては取り上げない事情を語っています。
ありていに云ふと、私は少將滋幹を書きつゝある間もしば/\此の日記のことが頭に浮び、これをも小説に書いてみたいと云ふ氣が動いた。 しかし平安朝を背景にした物語を二つもつゞけて書くことも如何であるし、歴史物は史實や故實を調べるのが大儀なので、何となく躊躇してゐるうちにいつか感興が去ってしまったのであるが、(164頁)
多分に言い訳がましい口調です。そして、この小品の末尾は、次の言葉で終わります。
篁の戀の話はこれでおしまひであるが、こんな風に書いて見たら、矢張小説にすればよかったやうな残念な気がしないでもない。
書き終わったものの、出来がイマイチとの思いが強く、心残りな気持ちで筆を置く姿が認められます。【2】
(昭和廿五年晩秋稿)
原題:「『篁日記』を讀む」
初出誌:『中央公論』昭和26年1月号
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