一人の芸術家が、詐欺を働いて前科者になりました。善人とは何か、悪人とは何かを読者に問いかけます。実に曖昧なのです。私には、終始観念論で語り続けられているように思えます。専門家が分析すると、的を射た考えとなるかもしれません。しかし、一読者から見ると、理屈の積み重ねにしか思えません。
お金の貸し借りで、心理的な分析が展開します。しかし、これも、どうしてもこじつけでしかないと思いました。
この、Kとの切るに切られぬ友情は、なかなか得難いものです。芸術を間において、人間の善悪が問題になっているのです。信頼する友人との約束をめぐり、二人の男の腹の探り合いは続くのでした。
芸術を産み出す生命力と想像力は、己の人間性の劣悪さとは比べようもないことを、高らかに宣言して終わります。これも、芸術至上主義を標榜する作者の、自己擁護論となっています。【3】
初出誌:「讀売新聞」大正7年2月〜3月
今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第十巻』(新書版、昭和34年5月)の解説で、伊藤整は次のように言っています。
「前科者」(大正七年二月十三月「讀賣新聞」)は、小説形式としては不十分なところがあるが、K男爵と主人公の話はその緊張感を最後まで持續してゐるもので、一種の心理小説または性格小説としては、この作者の小説の中でも際立つてすぐれたものである。(294頁)
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