神宮の銀杏並木が整理される前に、今の姿を写し残しておきましょう。都知事選挙の争点の一つになるとも言われています。坂本龍一さんは亡くなる直前に、反対声明を小池都知事に手渡していました。さて、どのような形で話題になるのでしょうか。
青山から地下鉄大江戸線一本で、かつて住んでいた門前仲町へ行けます。勝手知ったる所なので、フラリと行きました。
食事は、やはり地元の名物である深川あさり飯にしました。食べだしてから途中で、お茶をかけてお茶漬けにします。江戸時代からあるそうです。この地に住んでいた頃にはいただかなかったものです。美味でした。
食堂のすぐ裏にある深川のお不動さんは、相変わらず賑やかです。「人情」が強調されているところが江戸の文化のようです。
ちょうど護摩修行の時間でした。本堂の内陣に座ると、満座の参加者に不動明王御真言の唱和の指導がありました。複数回唱えた後、厳かに法螺貝を吹きながらの参陣に始まり、盛大に護摩火を焚き上げながらの真言が響き渡ります。大太鼓の音は、身体を突き上げるものがありました。今日の法会は、弘法大師の生誕の日にあわせてのものでした。同じ日が誕生日の妻は、感激しながらの参加です。終わると、数百人の手荷物を一つ一つ、丁重に護摩炉に燃え上がる火にかざして清めてくださいました。
隣の富岡八幡宮では、海外出張の時にはいつも道中の無事をお願いしに来た伊能忠敬さんに、今日の無事を報告しました。まだ生き永らえていることに、驚いておられたことでしょう。
いつも通っていたスーパーマーケットのオオゼキでデザートを買い、近くの牡丹公園の四阿で、草花に囲まれ、川のせせらぎの音を聴きながらいただきました。風が心地よかったので、31度という暑さはまったく感じられません。
親水公園では、男の子が器用に網を使って何かを捕まえようとしていました。
かつて住んでいた東京医科歯科大学の官舎の近くに行ってみて驚きました。ついに、解体工事が始まったのです。全員が退居されたようです。仲間たちは、数年前に近在のマンションに早々に引っ越しを終えていました。
いつかは、とは思っていたものの、壊されていくところを見ると、ここで8年も生活をしていたことを思い出し、感慨深いものがあります。
この建物の初期に住んでおられた恩師伊井春樹先生の2階東端の部屋と、後期に私が住んだ同じ2階の3軒隣の部屋との、ちょうどその間を、パワーショベルが2階までを崩し出したところでした。何というタイミングでしょう。その前の花壇には、妻が精根込めて植え育てた草花が、まだ元気に残っています。
まだ私がいた部屋が残っていたことに、安堵しました。この次にここに来ると、すべてがなくなり更地になっていることでしょう。最後の姿を見たことになります。国文学研究資料館を定年で退職する日までいた住まいは、これでなくなるのです。たくさんの仕事をしたところなので、感謝しかありません。
すぐそばを流れる隅田川に面した越中島公園の木陰で、のんびりと休憩しました。
中央大橋を望む月島や佃島は健在です。船も行き交っています。この地を離れた8年前と、何も変わっていません。
かつての官舎はなくなっても、この隅田川周辺には折々に足を運ぶことでしょう。
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