2024年04月04日

京洛逍遥(863)西洞院通を四条通まで歩き、義経や道真や小町と出会う

 京都駅前の塩小路通から西洞院通をまっすぐに、ひたすら北へ北へと歩きました。今日のリハビリウォーキングの終点は、四条通です。下京区総合庁舎前をスタートすると、七条通で一休みです。

240404_七条西洞院通.jpg


 途中の狭い路地に、手押しポンプがありました。小さい頃に飲み水やお風呂の水は、これでギッコンギッコンと井戸水を汲み上げたものです。懐かしくて記念に写しました。

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 五條天神宮 (天使の宮)があったので立ち寄りました。

240404_五条天神宮.jpg

 その名前から、菅原道真を祀る天満宮かと思い、駒札の説明を読んで、まったく違うことを知りました。ここは、創建当初は「天使の宮」とか「天使社」と言い、社号の天神(テンシン)は天つ神を意味するものであり、道真の天神(テンジン)と違うのでした。「天使突抜(てんしつきぬけ)」という通り名の由来になった所のようです。街区表示板に「天使突抜二丁目」というのがあるそうです。しかし、たまたま行き合っただけの私には、そこまで思いが至らず見かけませんでした。次に通りかかったら、この表示板を探してみましょう。さらには、牛若丸と弁慶がはじめて出会った場所がここだったとも。『義経記』にこの逸話が書かれているそうなので、これもこれから確認します。京都は奥が深いことを実感しました。

 さらに進むと、菅大臣神社がありました。通称は菅大臣天満宮。こちらは、正真正銘の天神さんの道真を祀っています。

240404_菅大臣神社.jpg

 桜や赤と白の椿、さらにはボケやレンギョウがみごとに咲いていました。

240404_菅大臣神社の桜.jpg

 菅公ゆかりの飛梅も、太宰府に行きそびれたまま、枝に咲き残った花を見せています。

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 その北にある綾西公園の横には、「源氏物語ゆかりの地 紅梅殿」の説明板がありました。道真の邸宅址として記念するものです。

240404_綾西公園の紅梅殿.jpg

 源氏千年紀の2008年に、京洛で『源氏物語』にゆかりのある地に説明板40基が設置されました。
 その40ヶ所はすべて尋ね歩き、一つずつを本ブログで紹介しました。加えて、〈源氏のゆかり(24件)〉と〈源氏千年シリーズ(85件)〉、さらに〈千年紀に関するその他(29)〉の記事も書き、その全178件の記事は、次のアドレスにアクセスするとご覧いただけるようにしています。

(2018年06月28日)「京洛逍遥(499)【再構成版⑷】「源氏物語千年紀」に触れた記事一覧」

 今回出会った「源氏物語ゆかりの地 紅梅殿」の説明板は、千年紀以降、40番目の大原野神社に追加して設置されたものでした。知りませんでした。以下の7件が、私が知らなかったものです。

41 西三条第(藤原良相邸) 中京・西ノ京小倉町
42 紅梅殿 下京・綾西洞院町(綾西公園)
43 六条河原院 下京・堺町(六条院公園)
44 小野といふわたり(京都市指定史跡小野瓦窯跡) 左京・上高野小野町
45 松ケ崎 左京・上高野流田町(宝が池公園子どもの楽園)
46 晴明神社 上京・晴明町(晴明神社)
47 宝塔寺 伏見・深草宝塔寺山町32(宝塔寺)

 今後、この7ヶ所を訪れ、これまでの源氏探訪に追記していきたいと思います。

 京洛をぶらりと歩くと、いろいろな場所や物に出会えます。
 今日も、終着地とした四条通に出たすぐ角に、小野小町にまつわる「化粧水」の碑がありました。この碑は、私が学生時代に小野小町のことを調べていた時、この近くで確認したことがあります。ここに移されていたとは知りませんでした。

240404_化粧水.jpg


 京都は、今も生きていて、いろいろな姿を見せてくれます。私にとっては、昨年の夏に脳梗塞になったことが幸いしてか、こうしてリハビリウオーキングをしながら、歴史や古典の再認識をしています。のんびりと楽しみながら、再発予防と健康増進のためにも、歩き続けたいと思っています。




posted by genjiito at 23:44| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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