2024年02月18日

読書雑記(348)広瀬浩二郎・相良啓子『「よく見る人」と「よく聞く人」』

 『「よく見る人」と「よく聞く人」』(広瀬浩二郎・相良啓子、岩波ジュニア新書、2023年9月)を読みました。本書の帯には、「目がみえない研究者と耳が聞こえない研究者による対話」と、簡潔な表現で内容がわかるように記されています。

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 語り手は、共に研究者です。広瀬さんは文化人類学者、相良さんは手話言語学者です。しかし、お互いの研究の内容を語るのが主ではなくて、見えないことと聞こえないことを通して、楽しく自己を語っています。体験談を交えて、それぞれが生きる環境と感じとっている世界を、ストレートに浮き彫りにしようとした本です。
 コミュニケーションには多様で多彩な面があることが、具体的な話で語られていきます。これが、本書のテーマです。障害と向き合う中で、そこに立ちはだかるハンディキャップをいかにして克服してきたかも語られます。そこから、お二人がどのような世界の中に生きておられるのかや、物事をどにように見ているのかが、手に取るようによくわかります。
 意外なことが、ユーモアたっぷりに語られます。二人の語り口から、そのお人柄も伝わって来ます。一言で言えば、何事にも拘らない、ひたすら前を見て進むタイプのお二人のようです。
 本書から、コミュニケーションツールとしての手話と点字の役割を、あらためて確認することになりました。
 本書で記憶に残る箇所を、以下にメモとして記しておきます。


[相良]
人間と言語は深く密接な関係にあります。私は、人生の途中で聴力を失い、それまで行っていた音声でのコミュニケーションができなくなったことで、ひどく落ち込んだ時期がありました。一時期、自分が外部の世界から閉ざされてしまうのではないかという心配が胸の中で大きくなり、一生このままで終わってしまうのではないかと途方に暮れました。しかし、その後思いがけない展開が繰り広げられていき、手話言語学の仕事を行い、今では、全国そして世界の人たちと繋がるようになりました。
 聞こえなくなってできなくなったこと以上に、聞こえなくなって得られたもののほうが大きいと思えます。もっと言えば、聞こえなくならなければできなかったことがたくさんあります。(126頁)


[広瀬]
「さわる展示」は視覚障害者だけのために行うものではありません。視覚に過度に依存する健常者たちの博物館の楽しみ方を変えていきたい。博物館を起点として、視覚優位・視覚偏重の社会システムにインパクトを与える。これが僕の最終ゴールです。見学があるなら、触学があってもいい。いや、そもそも「見る/さわる」のように単純に二分するのはおかしいのではないか….....。
 最近、「五感で楽しむ」というフレーズを耳にする機会が増えました。たしかに「五感」は便利な言葉ですが、僕はこの語の頻出に違和感を抱いています。人間の複雑な感覚を五つに大別できるのでしょうか。全盲である僕は、五つのうち四つしか使えない障害者なのでしょうか。
 以前、僕は拙著のタイトルで「5−1=6」を提案したことがあります。この書名は、「読み方が曖昧で、読者が混乱する」という編集者の意見でボツとなりました。不思議な数式は、「五感のうち一つを使わないことにより、人間は新しい価値観・世界観に出合う」という僕の信念を表現したものです。(137頁)


[相良・広瀬]
[相良]
 駅で障害者割引の手続きをする時、インターフォンのボタンを押すと、駅員の顔も見えず、スピーカーから音声だけで案内されることがあります。聞こえないので、結局、窓口の人を呼ぶのですが、それも窓越しの話は音声だけでよく理解できず、最終的に筆談になって、すごく時間がかかってしまった経験があります。機械で効率よく対応しようとしたシステムなのでしょうけれど、ろう、難聴者にとっては、利用しにくい対応になっています。
[広瀬]
 おもしろいですね。そこも相良さんと正反対で、僕は音声で返事が返ってくると、安心する(笑)。逆に困るのは、障害者割引を使おうとする際、「そこにカメラがあるから障害者手帳を提示してください」って言われることがあるけれども、「そこ」がどこなのかわからない。障害者割引なのに、聞こえない、見えない人が使いにくいって、なんとも「不合理」ですね。(165頁)




posted by genjiito at 21:56| Comment(0) | ■読書雑記
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