一人前の生活ができそうにない19歳の青年の話です。ささやかな楽しみに生きていることを実感し、また単調な明日に向かう男の話です。いつかはもっと良い生活を望みながら、平凡な生きざまをする男の話です。【2】
初出誌:『文藝春秋』(昭和49年1月)
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
末尾に「昭和7年ごろのことである」という1行があるが、内容は自伝『半生の記』の川北電気出張所給仕の時代(大正13~昭和2年)とほぼ一致する。(37頁)
■「山峡の湯村」
大衆小説家の小藤素風は、70歳の老年になっても頑張ろうとしています。しかし、時代に合わず忘れ去られていきます。そこへ、愛読者だという若者が、執筆できるように新たな環境を、飛騨山中の温泉場に提供します。しかし、何もせずにぐうたらな生活をするだけです。世話をする女の様子が興味深く語られます。そして、素風を慕って弟子となった地方の作家志望の青年の悲哀も語られます。
後半の謎解きは圧巻です。国文学者が失踪事件の推理を展開します。推測の積み重ねのため、やや説得力に欠けるように思われました。しかし、意外な結末に、作者の仕掛けに思いを巡らすことになります。物語の始まりと人間が絡み合う物語を思い出すことになりました。【4】
初出誌:『オール讀物』(昭和50年2月)
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
山峡の湯村で起きた奇怪な失踪事件の謎を逗留客が推理するという旅情満点の本格物。(73頁)
■「夏島」
伊藤博文が明治憲法の草案を作った別荘はどこにあるのか。作者は、京浜急行の金沢八景駅からスタートします。この駅は、私が住んでいた金沢文庫の官舎から近く、買い物や食事などでよく行ったところです。そこに、伊藤博文の別荘があったとは知りませんでした。
さて、お目当ての夏島に別荘はなさそうです。運転手は、野島だろうと言います。そして、野島へ行くのでした。
後半は、『西哲夢物語』という明治20年に秘密出版された古書、謎の出版物が話題となります。
明治憲法の草案をめぐって、さまざまな可能性が語られます。清張の推理は、あくまでも自由な推理であり憶測です。しかし、その裏話がおもしろいのです。【4】
初出誌:『別冊文藝春秋 132号』(昭和50年6月)
※参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)には、次のようにあります。
明治憲法制定の裏面史を「夏島」の変容にからめて随筆風に描いた作品。(128頁)
■「式場の微笑」
結婚披露宴に呼ばれた杉子は、和服の着付けの資格を持っています。披露宴会場で目が合った新婦は、1年半前の成人式が終わった後、ある連れ込み旅館に出張して乱れた晴れ着の着付けをした女性でした。先に新婦が気付きました。杉子は、お色直しの後に会場に入る新婦を見て確信を得ます。また、その旅館で着付けを待っていた中年の男は、当時は総務部長で女性はその部下でした。この披露宴では、新婦側の来賓として挨拶をしたのです。読者を惹きつけて離さない展開です。後日、その男の会社から豪華なお歳暮が届き、物語はみごとに幕となります。何度も読んで楽しめる傑作です。【5】
初出誌:『オール讀物』(昭和50年9月)
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