2023年06月04日

池田亀鑑の揮毫本と三宮散策

 昨日は有馬温泉へ行く前に芦屋駅でAさんと待ち合わせをし、池田亀鑑が自筆で書き付けた文字のある『源氏物語大成 巻四 索引篇』(昭和二十八年八月三十一日発行)を受け取りました。書かれている文字は「生涯稽古 池田亀鑑」。

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 この「生涯稽古」という揮毫については、『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第3集』(伊藤編、新典社、2016年)に収載されている原 豊二氏の「池田亀鑑碑のこと」が参考になになります。当該部分を引きます。

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伯耆町立岸本中学校前の石碑の「生涯稽古」は、池田亀鑑揮毫・寄贈の『古典の批判的処置に関する研究』(岩波書店、一九四一)(伯耆町岸本図書館現蔵で「日野郡八郷村公民館之印」の蔵書印がある)に関わるものである。三冊それぞれに「初念貫徹」、「生涯稽古」、「萬事にかへずしては一大事来るべからず」と揮毫され、そのうち「生涯稽古」が岸本中学校の石碑の文言として採用されたというわけである。(259頁)


 昨日入手した『源氏物語大成 巻四 索引篇』の揮毫は、1953年8月から逝去した1956年12月の間に、池田亀鑑自身が書いたものであることは明らかです。いつ、どこで、どのような事情の元に揮毫したものなのかは、今後の調査に俟ちたいと思います。

 本書を入手するまでの経緯を記せば長い話になります。今、かいつまんで書くと、こうです。
 私が大阪府立高校の教員をしていた頃、大阪明浄女子短期大学への転職の話が1991年3月に突然持ち上がりました。大阪大学にいらっしゃった伊井春樹先生が40歳になるまでに大学の職を得るように、と動いてくださったのです。そして、大阪明浄女子短期大学の冨田大同文芸科長と梅田で面談をし、講師としての就任が決まりました。ただし、しばらくしてから短大内で揉め事があり、私の着任は当初の翌4月からではなくて、半年後の9月からとなりました。この頃のことは、冨田先生が2014年1月にお亡くなりになった時の本ブログの記事を参照願います。「冨田大同先生の訃報を知って」(2014年02月28日)

 その後、冨田先生の教え子であるAさんを介して、ご自分が初任給で購入された『源氏物語大成』の内の、池田亀鑑の言葉が揮毫されている巻(巻四 索引篇)を伊藤に、との申し伝えがご意向としてあったそうです。ただし、私はその短大を1999年に転出して国文学研究資料館にいました。2007年頃に冨田先生は国文学研究資料館にお越しになりました。その時に、この揮毫がある『源氏物語大成』の話があったように思われるものの、その詳細は判然とはしません。
 そして、冨田大同先生は久しぶりにお目にかかってから7年後にお亡くなりになりました。

 その「生涯稽古」という揮毫のある本が、昨日私の手元にもたらされました。受け渡しの場所は、私が有馬温泉に行くために乗り換えることになっていた JR芦屋駅の改札口です。Aさんからお話があったのが6月1日。そして、私が持っている『源氏物語大成 巻四 索引篇』と交換することで引き渡しが実現したのが2日後の3日の昨日のこと。電光石火の早業とは、まさにこのことです。
 本に挟まれていたAさんからのお手紙には、次のように認めてありました。

この『源氏物語大成』は、冨田先生が初任給でお求めになられたものと伺っております。価値を分かって下さる先生にお渡しできることになり、ほっとしております。


 私は片っ端から本を解体してすべてをPDF版にしている関係で、『源氏物語大成』はコピー分しか持っていません。PDF版にした後は、裁断した本はすべて処分したのです。しかし、たまたまこの『源氏物語大成 巻四 索引篇』だけは原本が残っていました。理由はわかりません。この一冊だけが、行き先を待っていたのでしょう。ご縁があったのだとしか思えません。

 書籍は、人から人へと手渡しされ、生きていくものであることを実感しています。仲立ちとなってくださったAさんの心温まる連絡と迅速な対応に、ただただ感謝しています。お忙しい中を、ご高配ありがとうございました。

 さて、昨日着いた有馬温泉での話に戻ります。

 今朝のチェックアウトまでに、5回も温泉に入りました。無色無臭で刺激のない温泉です。日頃はバタバタするだけの日々を過ごしているので、いい養生となりました。
 帰りは、送迎バスと電車を乗り継いで神戸三宮まで出て、久しぶりの市街をブラブラと歩きました。
 生田神社は、初めての参拝です。何度もこの地に来ながら、お参りはしていなかったのです。

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 境内にあった歌碑に刻まれた文字を、[変体仮名翻字版-2023]であげます。

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【遊】ふ堂祢  桃室
 【一樹見】のこ須
   【桜】可那


   加ち八ら【井】


 そこからまた歩き、三宮神社にも立ち寄りました。ここは、通りかかったことはあるものの、狭い境内なのに入っていませんでした。

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 その後は、神戸三宮センター街や三宮センタープラザ、高架下に並ぶさまざまなお店を気ままに楽しんで帰りました。
 
 
 
posted by genjiito at 22:12| Comment(0) | □池田亀鑑
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