2023年02月04日

隣の駅まで散策にでかけ回転寿司に思いを馳せる

 立春の今日は、ここ数日続く肌寒い一日でした。それでも、健康と体力を守り続けるために設定した歩け歩けのモットーの下、元気に出かけました。晴天も幸いし、気持ちよく隣の駅まで歩きました。

 初めて行く街では、自分が住む町とは違うことを見付けられ、あらためて新鮮な気持ちになります。近所のショッピングセンターと同じ名前の店に入りました。商品の並べ方や種類が微妙に違うので、店内をブラブラ歩くだけで脳が活性化されます。

 回転寿司屋さんが、向かい合うようにして2軒ありました。
 いずれも、最近は身近な生活圏になかったお店なので、かつてこの名前の店に、子供たちと車でよく行ったことを懐かしく思い出しました。しかし、昨今の迷惑行為で問題になっていることを思い、入ることはしませんでした。あの回転寿司業界への冒瀆行為は、厳しく対処すべきです。こうして、自制の判断をしてしまうのですから。社会の一員として、やってはいけないことをしたのですから。想像力の欠如が、あんな愚かな行為をさせたのだろう、と思っています。

 私は、河原町三条と京都駅にある回転寿司屋さん「寿しのむさし」を行きつけのお店にしています。ここは、いつも活気があり、職人さんたち五六人がカウンターの中で握っておられます。そして、回っているお寿司のネタを見ながら、お客さんを見定めながら、新たに握ったものを流しておられます。三条店の2階以外はカウンター席しかありません。ホール担当の方三四名がお客さんの注文したものを持って回っておられます。私はいつも、流れているものではなくてホールの方に口頭で注文します。それがカウンターの中の職人さんに紙で伝えられ、握られたお寿司は職人さんが回転するレーン越しに私に手渡ししてくださいます。その職人さんも見知った年配の方が多いので、安心してお寿司をいただいています。私は、行くが早いか「鯛の皮」を注文するので、おじさんたちは気付いてくださいます。いつもあるものではないので、6回に1回の割合でしかいただけません。それでいて、2貫1皿で146円なのです。今日見かけた2軒よりも安いので、この「むさし」は貴重なお店となっています。

 今話題となっている回転寿司屋さんにも、以前はよく行っていました。しかし、「むさし」との決定的な違いは、省力化による経営方針にあるのではないでしょうか。確かに、街中の回転寿司屋さんは近代的なシステムで効率良く運営しておられます。しかし、それが今回の問題を引き起こした一番の要因ではないかと思います。「むさし」では、職人さんはお客さんの顔を見ながら握り、直接注文を受けると握ったものを手渡しし、ホールの方は手渡しできないものを運んだり注文を聞いたりと、不思議なコミュニケーションが成り立っています。

 日本の和食を手軽に外食としていただける、日本文化の中の和食文化を身近にした回転寿司屋さんが、次第に減っていくことが心配です。今日、私も入店することを躊躇い、申し訳ないことながら入りませんでした。流れて来るお寿司に一々疑いの目を向け、テーブルに置いてある器や調味料などを確認したくなる心理が、店から足を遠ざけたのです。となると、国内のお店はさらなる汚名挽回を計り、新たなる活路を求めて海外展開をすることでしょう。

 海外の回転寿司屋さんの情報を、私はこれまでに本ブログを通していろいろと流してきました。2005年頃にロンドンで聞いた話を思い出します。
 海外で回転寿司が広く展開するようになったのは、まずは日本人が回転寿司をバカにしていたことを受けてのことでした。回転寿司はエンターティンメント性が高いということで、海外の人が飛びついた事情があったということです。そして、魚も北欧の物が安く大量に入ることもあり、一気に広がったようです。
 その頃は、日本では回転寿司を安かろう悪かろうの俗物として軽く見ていたので、私も胸を張って話題にしにくいところがありました。あの、気位の高そうな鮨屋のカウンターに座って、能書きを垂れるおやじさんに注文し、それをありがたがって食べるもの、という風潮がありました。これは、今も一部の人々に信仰として残っていることは確かです。

 また、海外の回転寿司を評価する時に、日本と同じ品質と味覚とサービスを外地で求める風潮もありました。今もそうです。しかし、私がこのブログで何度も強調しているように、海外で日本食をいただく時には、モノサシを日本の基準で測るのではなく、日本の食文化がどのように現地の方々のために工夫されているのかを知り、味わうことだと思っています。日本のモノサシで海外のものを測るのは、フェアではありません。さまざまな工夫が凝らされています。いかにも日本人向けのお店に入り、無責任な批判はすべきではないと思います。現地の方々が入る回転寿司屋さんに行き、その地の食文化を勘案して感想を述べるべきです。

 その意味では、今の流れでは、回転寿司は海外展開が加速し、日本人は自国の文化をしたり顔で貶し続ける怖れがあります。そうならないように、自虐的な国民性がまた顔を出すことのないように、切に願うのみです。
 また、若者が今回の行為をしてしまった意識の背景には、大人が食べ物を粗略に扱い、回転寿司を見下していたことが横たわっているように思えます。すばらしい日本の食文化が、食育を放棄した日本の学校教育や、家庭での躾けの中で軽く扱われていたのではないでしょうか。
 証明しづらいことなのでこの辺にしておきましょう。文化や社会がよくわからない若者を責めて収まる問題ではなく、システマチックな経営に走った業界に同情することでもありません。私のようににわか仕立ての文明批評ではなく、食と文化の専門家の意見を聞いてみたいと思っています。

 散策の途次にみかけた2軒の回転寿司屋さんに拘りすぎました。

 他には、久しぶりにブックオフを見付けました。音楽素材やフィギュアが多い中でも、読み物の本もしっかりと大量に並んでいたので安心しました。TSUTAYAも健在でした。ただし、私の好みの本はまったくなかったのが残念です。

 この街は、また脚を運んでもいいところのようです。たのしい賑わいを見付けたので、気分転換の散歩に恰好の街といえます。

 今日歩いたのは、11,434歩でした。8,000歩を目安にしているので、少し頑張りすぎたかも知れません。しかし、貴重な情報を多く得られたので満足しています。
 
 
 
posted by genjiito at 21:44| Comment(0) | *美味礼賛
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