2022年12月27日

京洛逍遥(816)伏見港と寺田屋と龍馬通り

 今日は歩いて宇治徳洲会病院へ行き、診察後は無料バスで中書島まで送っていただきました。
 中書島(京都府立伏見港公園)でバスを降りると、すぐ横の宇治川の派流が濠川です。

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 この濠川沿いを歩いて、近鉄桃山御陵前まで目的もなくフラリと散策をしました。
 豊臣秀吉が伏見城を築造する時に造ったのが伏見港。ここは、動乱の幕末にはさまざまな動きのあったところです。角倉了以と素庵が高瀬川を開削したことにより、京都と伏見が結ばれました。洛中の木屋町とこの伏見港が、私の頭の中で初めてつながったのです。森鷗外の『高瀬舟』が思い出される川です。
 角倉了以の水利紀功碑がある伏見であい橋で、川は直角に右に折れます。

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 川沿いに酒蔵が見えました。後で確認したら京姫酒造とのこと。

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 たまたま昨夜飲んだのが、「紫乃 京姫 Genji Princess 京都双葉葵」と書かれたラベルのお酒でした。帰ってから、この記事を書きながら確認してわかりました。まったくの偶然です。気ままな散策では発見と気付きが多いのです。おもしろいものです。

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 道端に、本居宣長の歌を書いた瓦が立て掛けてありました。その理由は、まだ調べていません。どなたかご教示をお願いします。

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 少し歩いた川向こうには、龍馬の像が見えます。今度、近くで見る事にして、今日は対岸からパチリで失礼します。

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 鳥羽伏見の戦いについては、これから調べます。

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 司馬遼太郎の作品はほとんど読んでいます。しかし、いろいろと想いを巡らしても、伏見のことはほとんど出て来ません。問題意識がなかったせいでしょう。
 その碑のすぐ横に、私がお土産としてよく使う「長岡京 小倉山荘」がありました。伏見店だそうです。四条の高島屋で買っていたので、これは助かります。『百人一首』のおかきが有名です。ちょうど、秋田の姉の持ち札である定家の「こぬひとを〜」が包装紙になっている詰め合わせがあったので、年賀として贈ることにしました。
 そこからすぐのところに、坂本龍馬が常宿としていた寺田屋がありました。しかし、今日はすでに閉まっていたので、庭先だけを拝見して次の機会に残しておくことにします。

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 大手筋に向かって進むと、幕末維新回廊・龍馬通りがありました。

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 その通りで、龍馬にちなんだノンアルコールビールを見つけたので、2本だけいただきました。

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 急に思いついて脚を延ばしただけなのに、歩くといろいろな想いに浸れます。歴史を背景に持つ街は、歩くと発見が多いのです。
 幕末から明治維新に関しては、司馬遼太郎と松本清張の作品を通して知っているだけです。これを機会に、この時代にも興味を向けてみようと想います。そういえば、先日 NHK の全国放送でホットニュースとして取り上げられた息子は、龍馬に刺激を受けて起業したのでした。私も、遅ればせながら、この動乱の時期のことにもこれからは注意を向けようと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 22:51| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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