2022年12月04日

谷崎読過(43)「白晝鬼語」

 親友の園村が、精神病の兆候を見せ始めたことから始まります。
 今日、向島で殺人事件があるので、それを見に行こう、と私に園村が言います。とにかく、奇想天外な行動と発言が展開する、一風変わった作品です。登場人物の物の見方や考え方が、現代とはあまりにもかけ離れているので、時代背景を読者が整理しないと支離滅裂な物語だとして、途中で読むのをやめてしまいかねません。
 子爵を殺した上に、薬で溶かしてしまったとされる女は何者なのか。変態性欲だとか殺人鬼だとも言います。誇大妄想とでも言うべき、実に自由気ままな想像力を駆使して、水天宮での殺人の推理を展開します。そして2人の男は、秘密を共有することになったのです。
 谷崎が持つ猟奇趣味が、この作品の背景にあります。悪魔主義でもなく、耽美主義とも違います。ただし、ここでの物語が、最後に嘘によって仕掛けられたものであることを明かすくだりは、読者を軽んじた作者の思い上がりがあるように思いました。
 本作は、作者の創作過程における初期の人間観を語った実験的なもの、という位置付けだと思われます。現実離れをした話で間延びしていたこともあり、私には退屈さが付きまといました。人間性を追求しているように思われます。しかし、それは中途半端なままに終わった、と言えるでしょう。【2】

 なお、手の上に指で筆談をしている時の文字がカタカナだったことは、当時の文字遣いに関する一つの資料になります。少し長くなることを厭わず、その箇所を抜き出しておきます。
「……僕はどうかして其の文字を讀みたいと思つて、ぢつと彼等の指の働きを覗詰めて居た。……」
園村は私の冷やかし文句などは耳に這入らないが如く猶も熱心に自分濁りでしやべつて行った。
「……彼等の指は、疑ひもなく、極めて簡單な字畫の文字を書いてゐた。僕は容易に、彼等が片假名を使つて談話を交換して居る事を、發見してしまつたのだ。
(中略)で、僕が片假名だと氣が付いた途端に、女は又もや男の手の上へそろそろと指を動かし始めた。僕の瞳は、貪るやうにして彼女の指の跡を辿つて行つた。その時僕が讀み得た文句は、クスリハイケヌ、ヒモガイイと云ふ十二字の言葉だつた。而も其の文字が男にはなかなか通じなかったと見えて、女は二度も三度も丁寧に書き直して執拗(フリガナ︰しつくど)く念を押した。男はやうや其の意味が分ると、やがて女の手の上へイツガイイカと書いた。二三ニチウチニと女が返辭をしたゝめた。(中略)彼等の秘密通信は、残念ながらそれでおしまひになつたのだが、しかし、クスリハイケヌ、ヒモガイイと云ふ十二字の文句は、果して何を暗示して居るだらう。イツガイイカとか、二三ニチウチニとか云ふ文句だけなら、密會の約束をして居るのだと推定する事も出来るけれど、クスリだのヒモだのが密會の役に立つ筈はない、女は明かに、男に向つて恐ろしい犯罪の相談をして居るのだ。『毒藥よりも紐を使って、.........』と彼女は男に指圖して居るのだ。」
(中略)けれどもよく考へて見ると、たとへ暗闇だとは云へ、多勢の人間の居る中で、片假名で人殺しの相談をするなんて、そんな馬鹿な真似をする奴が、ある譯のものではない。(14〜15頁)

 
初出誌:『東京日日新聞』大正7年5月23日〜7月10日
    『大阪毎日新聞』大正7年5月23日〜7月11日
    『金と銀』(春陽堂、大正7年10月、所収)
『谷崎潤一郎全集 第十巻』(昭和34年5月10日発行)による
 
 
 
posted by genjiito at 22:02| Comment(0) | □谷崎読過
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