2022年08月20日

京洛逍遥(810)西国三十三所(2022-17番外2)元慶寺

 西国三十三所で2つ目の番外の札所である元慶寺(京都市山科区)にお参りしました。このお寺については、「ウィキペディア」に簡潔な説明があるので引きます。

歴史 貞観10年(868年)に貞明親王(陽成天皇)を産んだ藤原高子の発願により、定額寺として建立される。開山は六歌仙の一人である僧正遍昭。元慶元年(877年)に陽成天皇の勅願寺となり、元慶寺と改めたとされる。
寛和2年(986年)、花山天皇がこの寺で藤原兼家、道兼父子の策略により出家させられ、兼家の外孫である懐仁親王(一条天皇)が帝位についた(寛和の変)。花山法皇の宸影を安置する寺で花山寺(かさんじ)とも呼ばれ、大鏡では花山寺と記述されている。花山法皇ゆかりの寺ということで当寺は西国三十三所番外札所となっている。
応仁の乱の戦火によって伽藍が消失し、以来境内は小さくなってしまった。現在の建物は安永年間(1772年 - 1781年)の再建と伝わる。
付近には遍昭の墓がある。


 今回は京阪三条からバスで行ったので、いつものようにお寺の正面からではなくて脇道から入りました。狭い道なので、ほとんどの方がご存じない通路です。

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 通常なら、渋谷街道から入って正面に見える竜宮造りの鐘楼門を潜ります。

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 境内には、僧正遍昭のお墓がある場所を示す石柱があります。お墓には、この後行きました。

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 その後ろに、僧正遍昭と素性法師の百人一首で有名な歌碑があります。

【天】津可せ
 くも能可よひ遅
   婦起登ちよ
 【乙女】能寿可多
   志者し
    登ゝ免ん

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【今】こむといひしはかりに
【長月】の【有明】のつきを【待】ち
   いてつる可な

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 朱印は番外なのでお軸の最後に書いていただきます。

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 また、1番札所の青岸渡寺と2番札所の紀三井寺では、冒頭部分に捺すことになっている菊印を捺し忘れておられました。今日の元慶寺は僧正遍昭が皇室に関係するので、この寺は菊印を捺すことができます。そのことを言って、菊印を捺していただきました。しかも、1番の青岸渡寺は和歌山の最南端の那智勝浦なのでまた行くのも遠くて大変だろうからと、その1番の位置に捺してくださいました。ありがとうございました。後一つは、兵庫県三田市にある花山院菩提寺で、紀三井寺の菊印の場所に捺していただく予定です。

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 元慶寺から渋谷街道に出て大石道を下るとすぐのところに、僧正遍昭のお墓があります。ここは道から少し奥まった場所にあるため、通り過ぎてしまいました。すぐそばにある交番のお巡りさんお2人ともご存じない史蹟だったので、元慶寺を出てからは道の両側をよく見て行ってください。

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 これまで何度も訪れている元慶寺ではあっても、この遍照のお墓にはいつも立ち寄らずに帰っていました。道が狭いことと駐車場の問題、そして最寄り駅が遠いので帰りを急いだためです。今日は、6度目の巡拝にして初めてお墓に詣でました。

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 なお、有名な歌人のお墓で宮内庁が管理するのは、この他にはどなたのお墓があるのでしょうか。ご存知の方、教えてください。

 帰りは、来た時と同じバス停北花山から、1時間に1本の京阪バスで三条まで出ました。短い時間ながら、充実した札所巡りができました。
 
 
 
posted by genjiito at 18:24| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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