2022年08月06日

古都散策(72)西国三十三所(2022-16+番外1)長谷寺+法起院(8番札所)

 近鉄長谷寺駅を出ると、急な長い階段が出迎えてくれます。

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 長谷寺に向う途中の門前通りで、「長谷の地酒 大吟醸 紫 源氏」という看板を見かけました。12年前にこの長谷寺に来た時には、ここでお酒をいただいたことは、「西国三十三所(25)長谷寺」(2010年10月26日)の後半に書いています。このあたりのお店のほとんどがシャッターを下ろしていることもあってか、この酒屋さんの店頭にこのお酒は見あたりませんでした。

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 そのすぐ向こう側に、額田王の歌碑を見つけました。初めて見るものです。

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 石に刻まれた歌を詠んでいる内に、なぜ石に現代の文字表記で歌が刻まれ、その横のプラスチック板に万葉仮名の原文が記されているのか、疑問に思いました。逆ではないのかと。石に万葉仮名で和歌を刻み、日本の文化を長く後世に伝えるのが大切なことではないでしょうか。日本の古典文化が、あまりにも現代の簡易化されたものに合わせすぎだと思います。そして、この歌の意味も添えないと、現代人にこの歌の意味も意義も伝わりません。今後、そうした対処がなされることを期待したいものです。
 時代と共にこの町のたたずまいが変わる中で、湯元井谷屋さんは健在でした。

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 この井谷屋さんの温泉に何度も入ったことは、「西国三十三所(26)法起院」(2010年10月27日)の最後に記しています。

 さて、西国三十三所の番外札所である法起院にまずお参りしました。

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 本堂の柱に掲げられていたご詠歌は、次の表記で書かれていました。

【極楽】者よ楚に者阿らじ【我】可"【心】
 おなじ【蓮】能へ多"てや八ある

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 もう一つの扁額には、次のような変体仮名で書かれていました。

ごくらくは よ楚に者
あら志" わ可"こゝろ
おなじはちす能
へ多"てや八 ある

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 このお寺のことは、上記ブログに詳しく書いたので先を急ぎます。

 長谷寺は、もう何回来たことでしょうか。『源氏物語』では玉鬘がお籠もりをした場所なので、まさに物語の舞台なのです。また、私がまだ学生だった頃に学会の現地ツアーで、秋山虔先生と同じバスのすぐ近くでお話を伺ったこともあります。奈良で子育てをしていた頃には、折々に家族連れで花を見に来ました。いろいろと思い出深い長谷寺です。
 今日は、登廊に風鈴が無数に懸けられ、夏らしい趣向の中を登りました。

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 登廊の中程に、藤原俊成と定家の塚への案内がありました。これまでに一度も行ったことがなかったので、風が心地よかったこともあり、足を向けました。このいわれは、後で調べます。

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 登廊の最後の曲がり角には、紀貫之の碑があります。

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 この長谷寺では、朱印をいただいている所の写真は撮影できませんでした。写真撮影禁止という掲示がなされていたからです。初めてです。一応確認しても、やはりお断わりしているとのことでした。
 今日は、2箇所の札所でご朱印をいただくことができました。

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 帰り道で、門前通りの軒下に『源氏物語』と書かれた看板を見つけました。これまでに見た記憶のないものです。

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 ここがどういう家で、なぜこの看板が掲げられているのか知りたくなりました。しかし、近くに人の気配がありません。これまた、今後の宿題です。
 
 
 
posted by genjiito at 21:40| Comment(0) | ・古都散策
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