2022年07月10日

京洛逍遥(803)小野小町の隨心院

 近鉄竹田駅からバスで隨心院へ行きました。
 バスを降りて本堂の北から入ると、すぐ左の小町庭苑入口に開基の仁海僧正供養塔、その奥には小野小町の許に深草少将が百夜通ったことに因む榧の木があります。
 大学の学部時代に、指導教授であった小林茂美先生が小野小町を民俗学的に研究なさっていたことから、ここには何度か現地調査のお伴で来ています。ただし、もう50年も前のことでもあり、お寺のことはほとんど覚えていません。先生のご研究の詳細は、『小野小町攷―王朝の文学と伝承構造U』(小林茂美、桜楓社、1981年)を参照願います。

220710_ninkai.jpg

 さらに奥へと進むと、小町文塚が見えて来ます。

220710_fumizuka.jpg

 長屋門から入ると、小野小町の歌を刻んだ碑がありました。初めて見るものです。「変体仮名翻字版」で文字を起こしておきます。

220710_kahi.jpg

  小野小町
  花のいろは
 う徒り二
介りない多
 つら二
わ可【身】よ二婦る
 なが免せし
     万二


 ここ隨心院は、小野小町が晩年の余生を送った地とされています。令和11年(2029)には、後堀河天皇より門跡の宣旨を賜わって800年を迎えるそうです。
 お寺の中は手入れが行き届いて明るい雰囲気が感じられ、爽やかな気分で堂内を拝見しました。グッズなどがカラフルだったので、若い女性の参拝を意識しておられるようです。池の鯉も元気です。

220710_syoin.jpg

220710_koi.jpg

220710_fumihari.jpg

 小町堂は、小町の会の会員となった方々が、終の棲家として永代納骨供養をしていただく所で、多彩な活動を展開なさっているお寺です。

220710_komatido.jpg

 外に出ると竹林の一画には、小野小町の化粧の井戸があります。

220710_kesyouido.jpg

220710_ido.jpg

 ホトトギスがきれいな声で、静かな境内のそこかしこで鳴き渡っていました。

 ここは、京都文化博物館(旧平安博物館)において藤本孝一先生に『源氏物語 大島本』の調査でご指導をいただいていた頃、先生は隨心院の顧問として入洛中には隨心院に泊まっておられたことを思い出しました。

 なお、『都名所図会』には隨心院の項目はあるものの絵図は掲載されていないので、ここではその説明文などは略します。
 
 
 
posted by genjiito at 19:38| Comment(0) | ◎京洛逍遥
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。