2022年07月01日

京洛逍遥(800)井上八千代さんの京舞を観て

 1年半前、祇園で貴重な体験をさせてもらった旧知の仲間から、またお誘いの連絡が来ました。あの時のことは、「京洛逍遥(663)祇園で「襟替え」の伝統文化と芸能を味わう」(2020年10月19日)に詳しく報告しています。いつも電話では、「明日のご予定は」と始まります。
 今回は、人間国宝の井上八千代さんの京舞が観られるのです。しかも、『源氏物語』の中でも「葵上」が取り上げられるとのこと。井上八千代さんというと、ご高齢の方という印象しかありません。しかし、それは四世のイメージによるものであり、今の五世は私よりも5歳も若いのです。
 祇園の甲部歌舞練場は現在は工事中です。

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 その敷地内にある八坂倶楽部の2階が本日の会場でした。

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 本日のプログラムは以下の通りです。

八坂俱楽部 DE 澪の会

長唄 白露 井上八千代
ごあいさつ 井上八千代
長唄 新曲浦島 井上葉子
        井上安寿子
  休憩 (十五分)
能楽 仕舞 葵上 片山九郎右衛門
長唄 葵の上 井上八千代
        解説・小山富紀子


 「白露」の後の八千代さんの挨拶は、これまでと今そしてこれからについて、ご自身の篤い思いを語ってくださいました。声も若く熱のこもった語り口で、初めての私にもよく理解できるお話でした。

 会場でいただいた資料から、最終演目である「長唄 葵の上」に関する箇所の冒頭と、解説文を引きます。


  長唄 葵の上

[]仇し契りの空頼め(上の空なる風だにも、松には声のあるものを、[]今はそよとの訪れも)啼く音は寂しきほととぎす
(雨夜の御所の渡殿に、誰とは知らず白真弓の、末筈取って小脇に抱え、すっくと立ちし怪しの姿。[]乳人山路は見咎めて、誰にて渡り候ぞ。
[]お召しによって照日の巫女、先よりこれへ参って候。

(後略)

【解説】
作詞幸堂得知、作曲四世吉住小三郎(吉住慈恭)・三世杵屋六四郎(二世稀音家浄観)。明治三八年長唄研精会で発表されました。能「葵上」をほぼ写した構成ですが能よりも登場人物を増やしやや芝居めいたものになっています。
 平成二〇年、五世はこれを落の会の一〇〇回記念公演の折に、六条御息所一人の舞にまとめ、藤舎名生の作調を得て、二条城二の丸御殿お台所で披露しました。
○本日使用の音源
平成20年東西名流舞踊鑑賞会下ざらへ収録
唄・杵屋禄二 今藤政貴 杵屋禄丈 杵屋喜太郎
三味線・杵屋禄宣 杵屋勝進次 今藤長三郎 杵屋禄山
笛・中川善雄 小鼓・藤舎呂英


 途中の休憩時間でのことです。1階の展示資料を見るために階段を降りようとしたところ、和服姿の年配の女性で室内用の草履を履いた方が、手摺も持たずに軽快に上がって来られました。急勾配で、しかも25段もある階段です。私自身、危ないので手摺をしっかり持って上り下りしたのに、なんとも軽業師のように身軽な身のこなしなのです。舞をなさっている方は、特に井上流は腰が低い動きが特徴だと聞いていたので、日頃の成果がこうして出るのでしょう。体幹訓練が行き届いているようです。参考までに、その階段の写真を紹介します。この階段は、踏み幅が次第に狭くなっているように見えます。

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 京舞の良さは、まだ私にはわかりません。しかし、記憶に残る場にいて、雰囲気の良さに包まれていたことは確かです。

 なお、この八坂倶楽部の入口に置かれていたプレートの文字に注意が向きました。現在は「ぞうり」と書くところを、「楚"うり」と変体仮名の「楚」が使われていたからです。仮名文字にはすぐに反応してしまいます。

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 今回も得難い体験をしました。こうした機会に連れ出してくれた仲間に感謝しています。
 
 
 
posted by genjiito at 00:58| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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