2022年06月16日

近所のみなさまに助けられてのゴミ出し

 昨日に続き、今日も旧居の片づけのために下鴨通いです。
 北大路橋から川上の北山と川下の大文字山を望みました。梅雨時の色あいで、その姿を見せてくれています。特に大文字は、雨上がりのために煙っています。

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 家の片づけは、昨日の作業でほぼ終わりです。今日は、最終段階のこととして残っていた、ノコギリで多くの丸太を切ることです。8時の回収に合わせるために、早朝から汗だくの大仕事です。しかし、出した量が多過ぎたために、ほとんど回収してもらえませんでした。いろいろと決まりがあり、工夫が必要だそうです。こうした作業はめったにないことでもあり、知らなかったための失態です。
 そんな折、近所で親しくしていただいた方が車を出してくださり、山奥にある市の集積場所に運んでくださいました。日頃の親しいお付き合いがあってのことでもあり、ありがたいことです。
 父親の口癖は、いろいろとありました。その中に、「人の世話をしろ、人の世話にはなるものだ」と、いうのがありました。その言葉を思い出し、お言葉に甘えることにしました。ゴミ置き場に取り残された廃棄物の山を前に、途方に暮れていたので、本当に助かりました。ありがとうございました。
 地域のみなさんの理解と手助けがあったからこそ、下鴨での充実した日々が送れたことを実感し、感謝しています。隣の人は他人ではなく、良い時も良くない時も、助け合う仲間なのです。近所付き合いは避け、関わりを持たないという考え方もあります。しかし、こうして困った時に助けていただけるということは、日頃のお付き合いがあったればこそのことです。損得ではなくて、人と人とのお付き合いは大切です。自分のことだけを考えて守って生きていくのは、歳と共に孤立することにつながります。煩わしさを避けることなく、受け入れながらも一緒に暮らす日々を大切にすべきであることを実感しました。
 新しい環境では、周囲の方々とのお付き合いはほとんどないということを、挨拶まわりをした時に聞きました。そもそも、引っ越して来ても挨拶すらないとのことで、ご丁寧にと驚きと共に恐縮されました。人との接点を持たないのは、今どきの生き方なのでしょうか? しかし、私は挨拶をしたり声を掛けたりしていくつもりですし、顔を覚えた方には挨拶をしています。
 人口が減り若者が減って、高齢者で構成する社会が急拡大する中で、これからのお付き合いについて考えさせられました。もう、人と人との、隣近所との関わりを持たないというライフスタイルの時代ではなくなったように思います。今後の意識がどのように揺れ動いていくのか、今回の体験と比べ合わせながら見ていきたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 19:12| Comment(0) | *身辺雑記
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