2022年06月01日

西国三十三所(2022-11-12)壺阪寺(6番)と岡寺(7番)

 暦が水無月となり、爽やかな風が心地よい季節になりました。少し肌寒い朝まだき、近鉄京都線と吉野線を乗り継いで明日香村の南にある壺阪寺へ向かいました。何かと忙しくてしばらくお休みしていた、西国三十三所の札所巡りの再開です。6巡目ともなれば、勝手知ったるお散歩気分です。
 ネットで時刻表を確認していたら、駅名の表記が「壺」と「壷」とが混在していました。実際には、近鉄飛鳥駅の次の壺阪山駅で降りて、駅前の奈良交通のバス停の表記を見ると、共に「壺阪山駅」でした。

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 しかし、バスの中の電光表示では、左側が駅前と同じ「壺」なのに、右側が「壷」です。

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 終点の停留所の時刻表では、お寺の前のバス停を「壺阪寺前」とし、行き先である近鉄の駅名が「壷坂山駅」とあり、これまた逆の表記です。

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 バスの横に表示されていた電光文字は、2つの漢字が使い分けられていました。

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 この「壺・壷」の文字に関しては、かつて本ブログに「漢字で表記する「壺」と「壷」の違い」(2019年11月05日)という記事を書きました。どちらでもいいとされている表記なので、今回の場合は固有名詞ということもあり、どちらかに統一したらいいと思います。
 なお、お寺の中でいただく印刷物や掲示物では「壺」と「壷」が乱立し、思い思いの表記がなされています。私は「壺阪寺」で書いていきます。
 さて、壺阪寺は山中にあり壺阪観音は眼病に霊験あらたかです。浄瑠璃の「壺阪霊験記」において、お里・沢一の夫婦愛の話では最後に沢一の目が開いたことで知られています。我が国初の養護盲老人ホーム「慈母園」などの福祉事業や、インドとの文化交流でも顕著な活動があります。インド大好きで十数年間にわたってインド日本文学会をインドで主宰してきた私には、たまらなく心地よい空間です。こうしたことは、境内を歩くと実感として伝わってきます。

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 特に今の時期は紫陽花がみごとです。

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 車椅子の方も楽に参拝できます。

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 境内の至るところで、鮮やかな花の出迎えを受けます。気持ちのいいものです。

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 西国三十三所の朱印は、小さな軸にきっちりと書いてくださいました。

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 本堂の八角円堂に点字版の『源氏物語』があったことは、かつて「【復元】点字本『源氏物語』(全3冊)」(2009年09月10日)で報告しました。

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 それが、今日は見当たらないのです。いらっしゃったお坊さんに伺うと、今はガラスケースで陳列はしていないが、点字本は今もあるとのことです。ご丁寧にそのケースがあるところまで案内してくださり、暗いからというので大きな観音開きの戸を開けて、ケースの中を見せてくださいました。確かに、以前のままに書棚に『源氏物語』や司馬遼太郎の作品が並んでいました。

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 新たな点字本は、もう増えていないそうです。18年前のように展示はしていないということなので、上掲のブログは貴重なものとなっています。
 インドから招来した大きな石造である大観音石像と大涅槃石像は、いつ見ても迫力があります。

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 大講堂で、秩父宮妃殿下の和歌が掲示されていました。変体仮名のいい資料として紹介します。

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 売店で、インドでチャイを飲んだりする時に使う湯呑み茶碗をいただきました。1個200円。気軽に日常的に使えます。

 1時間に1本のバスで壺阪寺駅に戻り、3つ先の畝傍御陵前駅の1つ手前の岡寺駅で降りました。駅前で岡寺行きのバスを待ち、30分ほど待ってやっと来たバスに乗ろうとしたところ、運転手さん曰く、ここからは岡寺には行かないとのことです。一緒に待っていた男性が、それでは一緒にタクシーで行きましょう、というお誘いを受け、駅前に戻ってタクシー会社に電話をし、車を回してもらいました。
 岡寺は静かで、花に包まれていました。

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 朱印は本堂でいただきました。

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 ここで書いてくださった文字は、滲んでいてまったく読めません。もっと濃い墨で、もっと筆の先端で、神経を張り詰めた繊細な線で書いてほしいものです。

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 休憩所で持参のお弁当をいただいてから、のんびりと境内を散策しました。

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 バスで畝傍御陵駅に出て帰ろうとしました。しかし、1時間に1本しかなくて、おまけに出たすぐ後でした。仕方がないので、飛鳥路を散策しながら元来た岡寺駅に向かいました。突然の飛鳥巡りです。途中で出会った石舞台、橘寺、高松塚、川原寺などはパスをして、亀石だけは立ち寄って触って来ました。

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 高校の教員をしていた頃には、よく遠足で飛鳥へ生徒たちを連れて来ました。奈良に住んでいた頃には、親戚や知人を連れて頻繁に飛鳥を案内したものです。懐かしい道を歩くことになりました。松本清張の『火の路』を思い出させる、思いがけない古代史探訪の午後となりました。そのことは、以前ここに来た時の記録、「西国三十三所(23)岡寺」(2010年10月25日)に書いています。
 この記事を先ほど見て、岡寺駅からはバスで行けないことを知っていたはずなのに、今日は散策気分で来たために、しかも壺阪寺の帰りに立ち寄ったためにすっかり忘れていたのです。調べて確認してから動くべきでした。これは、思い立ったらすぐに行動する私の、よい点でもありよくない点でもあります。
 帰りに岡寺駅の柱に、注意を促すこんな掲示を見かけました。

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 思いがけずに飛鳥の散策もできたので、これはこれでよしとしましょう。
 
 
 
posted by genjiito at 23:36| Comment(0) | ・古都散策
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