ちょうど夕陽が沈む直前で、建物の壁が茜色にうっすらと染まっていて、柔らかな風景が楽しめました。隠元橋は修繕の工事中だったので、その全体像は化粧直しの後の姿を待ちましょう。
宇治川の上流を望みました。右手に宇治徳洲会病院、左手に曲がった先が宇治市街です。昨日は、この町並みの中を歩いて宇治橋まで行ったのです。
以下の記述においては、ホームページ「京都風光(京都寺社案内)」の「隠元橋」(https://kyotofukoh.jp/report796.html)の解説を参考にして書き綴っていきます。
隠元橋は、府道245号線(宇治市五ヶ庄〜宇治市槇島)が通る新しい橋です。しかし歴史は古く、平安時代よりこの地には「岡屋の津」という港があり、交通の要衝として栄えたところだそうです。「岡屋の津」の石碑は、次の写真の石碑の左側に置かれています。
この隠元橋の東のたもとに、黄檗宗の開祖である隠元禅師にまつわる「黄檗開山隠元禅師渡岸之地」の碑が立っていました。
江戸時代に中国の渡来僧・隠元は淀川を遡り、宇治川のこのあたりで下船したようです。萬福寺を開くために資材を陸揚げしたことから、「隠元浜」とか「隠元の渡し」とも呼ばれてきました。
隠元は1661年に萬福寺を創建しました。「美術、医術、建築、音楽、史学、文学、印刷、煎茶式茶礼、普茶料理」などに影響を与え、「隠元豆、西瓜、蓮根、孟宗竹、木魚、明風の書体」などを日本に伝えた僧侶です。
なお、「渡岸之地」の石材は、隠元の出身地である中国福建省から取り寄せられ、亀の形をした碑の台石の亀趺(きふ)の形になっています。
この橋の東側の散策路を歩きました。ランニングやウォーキングの方をちらほら見かけます。川岸に降りる石段には、誰かの遊び心なのか、我が家にもある信楽名物の狸の置き物が3体ありました。
ここなら、右手に宇治川の流れを見ながらのんびりとウォーキングができます。次は、歩く用意をして来ることにします。
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