2022年04月01日

京洛逍遥(777)宇治川の岸に立つ

 昨日、新しい住まい[たつみのいほり]の鍵を手にしました。引っ越しは今月中旬です。新居での最初の記事は、やはり新しい私の部屋で書くことにしました。
 昨日持ち込んだ自著数冊以外は何もない書斎には、明るい光が差し込んでいます。気分一新の生活が始まることを予祝するように、小鳥の囀りが聞こえ、窓から見える花と新緑の芽吹きも新鮮です。
 宇治橋まで散策することにしました。高速道路の京滋バイパス沿いから宇治川に出て、川沿いに歩きました。誰もいない、寂しい道です。誰か付いてきていないか、何か出てこないかと不安になり、何度も後ろを振り返りました。

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 宇治川の鴨と初めての対面です。これから、よろしくお願いします。

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 宇治橋に到着。川沿いを少し早足で歩いて来たはずなのに、予想外に何と55分もかかりました。もっと近いと思っていました。

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 JR奈良線の宇治川橋梁にちょうど電車が通りかかりました。電車を見ても、ここの住民の目線となっていることに気付きました。立場が変われば、物の見え方が違ってきます。不思議なものです。

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 宇治橋の袂の夢浮橋ひろばに置かれている紫式部の像は、何度も来ているのに今回はまったく違った感じを受けました。私は、『源氏物語』の作者は紫式部個人だとは考えていません。紫式部は、雑誌で言えば編集長であり、映画なら総監督なのです。今日は、その思いを強く持ちました。そして、『源氏物語』の後半の宇治十帖に紫式部がどの程度関わったのか、個人的に聞いてみました。もちろん、会話は成り立ちません。これから、折々に勝手な問答をしに来たいと思います。

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 宇治橋三の間の真ん中から川を望みました。

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 その三の間から左手、東詰に回転寿司の函館市場があります。今日の最終目的地です。

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 食後、京阪宇治駅から帰る前に、宇治橋東詰から対岸の平等院の方を眺めました。

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 上賀茂神社へのウォーキング、という感覚とはまったく違います。川幅は賀茂川よりも広く、流れは速く、しかものんびりと歩ける散策路がありません。見晴らしはよいものの、気ままに歩くという雰囲気はまったくありません。これから、対岸を含めて、いい散策コースを探してみます。
 これまでは、観光客の視点で宇治市や宇治川を見ていました。これからは、日常の延長にある市や川を、生活臭のある視点で見ることになります。どんな姿として見え出すのか、楽しみです。
 宇治橋に来るのは久しぶりでした。
 この前は、目の見えない方々と一緒にここを散策して以来です。

「宇治の街歩きと〈運読〉のワークショップ開催」(2015年12月05日)

 その前は、ケンブリッジ大学のジョン・コーツ先生をご案内しました。

「コーツ先生を宇治にご案内して」(2012年10月14日)

 これから、また新たな宇治との出会いが拡がっていきそうです。

 今年の正月には誰も思いもしなかった成り行きから、月末に家移りの話が持ち上がりました。2月になってしばらくしてから、意外や意外、京洛の東南にあたる宇治の町で過ごすことになりました。私らしいと言うべきか、何でもありのドタバタ劇の中において、さまざまな決断をすることの連続でした。そして今、一つの対処策が確定しました。
 今日を境に気分を一新し、本年度もこのブログを存在証明の意味から書き続けます。
 これまでと変わらぬご愛読のほどを、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
posted by genjiito at 23:58| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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