2022年02月07日

京洛逍遥(761)宇治川散策

 今日は昨日に続いて、宇治市での打ち合わせに行ってきました。
 『源氏物語』で知られる宇治橋から下った、宇治川の流域を歩くのは今回が初めてです。

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 この辺りは、京都大学、京都文京大学、種智院大学などがある、文教地区でもあります。

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 宇治川の上流は流れが急だと聞いています。しかし、流れ下って湾曲するこの辺りは、穏やかな水の流れとなっています。水は、深みのあるきれいな青緑だったので、この水の色の清らかさは意外でした。川は浄化されているようです。

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 もう少し下った、近鉄と京阪が交差する観月橋のあたりは、どのような雰囲気なのか。またいつか見に行って確認したいと思っています。
 京から宇治へは、『源氏物語』を読む限りでは、歩きや牛車や馬などを使っていたようです。この宇治川を溯ったりはしなかったのでしょうか。まだよくは調べていないので、これもまたいつか、ということにしておきます。
 
 
 
posted by genjiito at 22:11| Comment(5) | ◎京洛逍遥
この記事へのコメント

John Coates さんの知り合いの者です。以前に一度 Coates さんが電車の中から Sahogawa の文字を見て、日本の古歌に歌われた佐保川を見ていると知って Sahogawa! と連呼したお話をお書きしました。 Coates さんは伊藤様のブログをご覧になっているようで、Coates さんからいただいたメールに、伊藤様の昨日(2月 27 日)の記事の最後の半木の桜の写真を現在の京都の写真と思われたらしい桜の話が書いてありました。私はかつて京都に住んでおりました頃宇治川によく行きました。宇治川の激流について書きます。(長くなります。申し訳ありません。)今は天ヶ瀬ダムがあるためかと思いますが、宇治川の流れはかなり穏やかですが、かつては激流であっただろうなと思ったことがありました。雨が一週間続いた後、天ヶ瀬ダムが水を放流していた時宇治川の岸を宇治橋から上流に向かって歩きました。ものすごい激流でした。巨大な波が歯をむき、水の流れは1秒に5メートル進み、木の枝やいろいろなものを巻き込んで水が轟々と流れていました。平家物語で源義経が宇治川の急流を見てたじろぎ、先陣争いの二人が激流に飛び込んで行った様子が初めて理解できました。源氏物語の浮舟さんが入水した時、探す様子が書いてないと思うのですが、急流で流されたら見つかるはずがないので探さなかったのかと思います。宇治橋の近くの、宇治川に初めて橋をかけた人を讃える石碑を見たことがあります。それ以前は川を渡ろうとして多くの人命が失われたと書いてありました。琵琶湖から自転車で宇治まで宇治川を下ったことがあります。上流はかなり速い流れで、浮かんでいる木などが自分と共に時代を下っていく諸々のものであるような不思議な気持ちがしました。柿本人麻呂の「もののふのやそ宇治川の.....行方知らずも」は大津の宮の荒廃を見た後、宇治川の激流とそれに押し流されていく木の枝や諸々のものを見て人々の運命を思っての感慨かと思われます。もしかしたら人麻呂さんも大津から宇治川に沿って下ってきたのかもしれません。この歌は穏やかな流れでなく何もかもを押し流す激流を見ての歌として鑑賞しなければと思いました。鴨長明の方丈記の冒頭も何もかも押し流しとどまるもののない宇治川の激流の様子を見てのことかと思いました。

Posted by 加藤和也 at 2022年03月01日 03:05
昨日投稿いたしました時に、浮舟さんが入水した後、皆さんが探さなかったと書きましたが、不注意な書き方で申し訳ありませんでした。もちろん邸内などは探したと思います。でも、浮舟さんは結局倒れているのを坊さんたちに発見されたので、浮舟さんは川に向かい川沿いのどこかで見つかったのだと思いますから、皆さんは川を徹底的には探さなかったのだろうと思うのです。それは川が激流で、川に向かったのなら見つかる術がないと思われたのだろうと想像したのです。
Posted by 加藤和也 at 2022年03月01日 13:36
加藤和也さま

コメントをありがとうございます。
コーツ先生とのことを、懐かしく思い出しています。

ご一緒に行った宇治川散策。
http://genjiito.sblo.jp/article/178970552.html
「コーツ先生を宇治にご案内して」(2012年10月14日)

我が家でのお茶会。
http://genjiito.sblo.jp/article/178970553.html
「コーツ先生のお点前をいただく」(2012年10月15日)

コーツ先生がお元気とのこと。安堵しました。
何かの折にでも、相変わらず毎日ブログを書いている、とお伝えください。
そして、またご一緒に宇治川に加えて、石山寺にも行きたいと思っているとも。

Posted by genjiito at 2022年03月01日 21:17
伊藤先生
ご無沙汰しておりました。陳雲蓮です。今は群馬大学で仕事をしています。コーツ先生は今年の5月に亡くなられました。最後にお会いしたのは2019年4月にケンブリッジ大学での学会の際でした。20-21世紀を代表する数学者でした。どこに行ったのでしょう、この年末にずっとコーツ先生のことを思います。またお会いできれば嬉しいです。良いお年をお迎えください。陳雲蓮
Posted by 陳雲蓮 at 2022年12月17日 20:20
連絡をありがとうございます。
懐かしく拝読しました。
私は、今も日比谷図書文化館で源氏講座を担当しています。
次は、新年1月27日(金)です。
コーツ先生がお亡くなりになったことは、以下の記事に詳しく書いた通りです。

「昨日お亡くなりになったジョン・コーツ先生を偲んで」
(2022年05月10日)
http://genjiito.sblo.jp/article/189525993.html

機会があれば、またゆっくりとお話をしましょう。

よい年をお迎えください。
ますますのご活躍を。

Posted by genjiito at 2022年12月25日 21:30
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