印度のタゴール翁、ガンヂー氏などは何んと云ふであらうか。彼等の國も物臭さに於いては敢て支那に引けを取らないやうであるが。
(中略)
兎に角此の「物臭さ」、「億劫がり」は東洋人の特色であつて、私は假りにこれを「東洋的懶惰」と名づける。(167頁)
谷崎の物の見方や考え方を知る上で参考となる、興味深い話が並んでいます。
日本人の歯に関する話は、昭和初期においてどれほど実態を反映したものかわかりません。しかし、谷崎を理解するにはいい話です。
近來都人の齒は日揩オに美しくなって昔のやうな亂杭歯や八重歯や茄子齒はめっきりと少くなった。男女を問はず、禮儀や容姿に氣を付ける人は、齒研き一つ買ふにしてもコリノスだとかペプソデントだとか、アメリカの舶載品を使って、念の入ったのは朝夕二度も齒を研く。だから日本人の歯は、一日々々と真っ白に眞珠色になり、それだけアメリカ人に近く、文明人になりつくある。人に快感を與へることを目的とする以上、これは悪いことではない。が、元來日本では八重歯や味噌ツ齒の不揃ひなところに自然の愛嬌を認めたもので、あまり色の眞つ白な齒がズラリと綺麗に列んでみるのは、何んとなく酷薄な、奸黠残忍な感じがするとされたものだつた。それで、東京、京都、大阪等の大都會の美人と云ふものは、(いや、男でもさうだが、)大體に於いて齒の性が悪く、且不揃ひである。殊に京の女の齒の汚いことは殆ど定説になつてゐる。(181頁)
昭和5年当時の満洲に関する谷崎の認識が見られる個所があるので、今後の参考のために引いておきます。
現今の滿洲は支那に於いて最も秩序の保たれてある裕福な地方であり、近年は內亂も終熄してゐる形であつてみれば、さしあたり辯護の足しになる口實はあるまい。(175頁)
全体として、後の『陰翳礼讃』につながる、日本文化論に流れていく話が展開しています。【3】
■初出誌:「中央公論」昭和五年五月号
今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第十七巻』の解説で、伊藤整は次のように言っています。本作は、貴重な文明批評だといえそうです。
日本的な思考法、生活意識をヨーロッパ系のものと對置させ、兩者の本質を鋭くとらへてゐる點において類の少いものである。僅かに私は、作者の友である和辻哲郎氏の「風土」がその種のものとして合せ見るべきであることを知ってゐる外に、これに較べられるものを思ひ出すことができない。(275頁)
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