2021年06月10日

読書雑記(314)高田崇史『オロチの郷、奥出雲 古事記異聞』

 『オロチの郷、奥出雲 古事記異聞』(高田崇史、講談社文庫、2021年05月)を読みました。

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 読み進む内に、奥出雲の神社を巡る観光旅行に連れて行かれた気分になります。もっと独創的な描写と物語展開を期待していたので、大いにガッカリ。
 四柱推命学や九星気学が、統計学と共に出てきます。
 大学院生が『出雲国風土記』を片手に歴史ミステリーの旅をするのに付き合わされます。
 終始、話題が中途半端です。物語の展開に集中できません。
 星に関する蘊蓄が示されたくだりは、もっと語ってほしいと思いました。調べたことの出し惜しみのように感じます。後で、個人的に調べてみます。

夜空に一際大きく輝く『つつ』である金星は、最大の『悪神』素戔嗚尊と考えられ、朝廷の人々を震え上がらせました。それがやがて『星』という呼称だけでも、不吉な物と認識されるようになりました。その名残が、現代までも続いていますね。たとえば、隠語で『ホシ』は『犯人』であるとか『前科者』『犯罪者』。それが転じて『警察官』。また、相撲や江戸の吉原でも『星』という言葉が使われましたが、こちらに関してはまた別の長い話になりますので、今日は止めておきましょう」
 水野は微笑んだ。
「それよりも『星』『筒』が、昔からとても忌まれていた証拠として、こんな言葉が残っています―」
 水野の講義は続いた。(216頁)


 本作は、最後は遊びの論理が展開する構成となりました。民俗学などの成果を援用しながら、都合のいい結論に導く論理が展開します。学者でありながら実証性に欠ける研究者が語る話に、再構築されていると思いました。

 また、川上から箸が流れてくる説明では、賀茂や三輪の丹塗の矢伝説が消化不良のようです。明らかに調べた範囲では、という前提での物語の構成となっています。著者には、すでに三輪山を扱った『神の時空 ―三輪の山祇―』(2015年7月)があります。それとの接点がないように思えました。これも、残念なところです。

 和泉式部と小野小町の話は、突然で中途半端です。氏族伝承における語り手の話に発展しません。丁寧に語ってほしいところです。残念です。
 参考までに、当該箇所を引いておきます。

 昨日見てきた和泉式部もそうだし、小野小町も日本全国に、いくつも墓が現存している。しかし、有名人だからといって誰もが勝手に墓を造ってしまったというわけはなく、実際に「和泉式部」や「小野小町」がそこに存在していたのだろう。歴史に現れなかった血縁者や、彼女たちと非常に近しい者たちという意味だ。その女性たちが「和泉式部」や「小野小町」と名乗ったとしても、何の不思議もない。それと同様に、素戔嗚尊や五十猛命も(もちろん、最初は一人だったとしても)いつしか個人の名称ではなく、その一族の神々をも含むようになったと考えて間違いない。いや、むしろその方が正しいのではないか――。
 雅の話を聞いて、
「そりゃあ」と源太は納得したように言う。「歌舞伎役者なんかが、何代目誰それって名乗るのと一緒だな。八代目団十郎とか、六代目菊五郎なんてのは、よく聞くよ」
 雅は頷く。そして、その昔、浦島太郎のように何百年も生きた人間がいたというのも、そんなことなのかも知れないと思った。(94頁)


 あまりにも有名な話が例に引かれたために、場違いな譬えで終わってしまいました。もったいないネタの扱いです。

 出雲を扱った作品は、まだシリーズとしてあります。著者の本を読むのは、本作で2作目です。最初は、「読書雑記(295)高田崇史『古事記異聞 −京の怨霊、元出雲−』」(2020年09月18日)でした。さて、3作目をどうするか。出雲に生を受けた者として、小学校4年生まで出雲で育った者として、読みたい気持ちと躊躇いがごちゃまぜになっています。【1】

初出誌:2018年10月に講談社ノベルスとして刊行
 
 
 
posted by genjiito at 21:29| Comment(0) | ■読書雑記
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