2020年10月15日

わが母の記(8)イカに中たったこと

 この前に母のことを書いたのは、何と10年半も前のことになります。「わが母の記(7)叱られると押し入れに」(2010年04月07日)がそれです。
 子供たちは、よくおばあちゃんのことを思い出しては話してくれます。優しかったので、いつまでも楽しい思い出と共にいるようです。母は、16年前に84歳でなくなっています。
 その母とのことで私がまず思い出すのは、父と姉には内緒で食べたイカに中たって、お腹が痛み苦しんだことです。
 島根県の出雲市から、私たち家族は小学5年生の時に大阪に出てきました。これは、2歳上の姉の中学入学に合わせて転校したためです。それまでは、父だけが大阪で出稼ぎで働いていました。満州から日本に引き揚げてから、父はいろいろな仕事を経て、大阪で証券マンとなりました。それが、昨日書いた山一證券です。
 移り住んだのは、東淀川区にある家の2階で、六畳ほどの広さの屋根裏部屋でした。急遽取り付けたと思われるハシゴで昇り降りをしていました。その屋根裏の隅に半畳に満たないベニヤ板を1枚置き、そこにプロパンガスのボンベとコンロがありました。そのコンロで、母が買ってきたばかりのイカを炙り、父と姉には内緒で食べたのです。すぐにお腹が痛くなりました。病院騒ぎとなり、父と姉にこの母との秘密がばれてしまったのです。
 隠し事などない家族でした。しかし、このことばかりは、母と私だけの内緒のことだったのです。なぜ母がイカを2人分だけ買ってきたのか、今となってはわかりません。当時からひ弱だった私に、栄養をつけようとしていろいろなものを特別に食べさせてくれたことは、何度かありました。その内の一コマだったのでしょう。
 今で言う食中毒でしょうか。しかし、大事には至りませんでした。以来、このことを母と話したことはありません。母にしても、いつもの通り、すぐに忘れてしまっていたと思われます。満州でよほど酷い体験をしたせいか、何事にも動じない母でした。何事も大らかに生きる人でした。お腹を痛めた私が、こうして楽しく思い出すのです。明るく愉快な思い出の一つです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:47| Comment(0) | *回想追憶
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