2020年10月07日

読書雑記(300)佐滝剛弘『観光公害』

 『観光公害―インバウンド4000万人時代の副作用』(佐滝剛弘、祥伝社新書、2019年7月)を読みました。

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 京都に住んで1年になる著者が、日々の思いをまとめた本です。「まえがき」で、次のように言います。

 この論考は、自分自身がいつも旅人として異国の地を彷徨っている「観光」の当事者であり、今では大学で「観光」を教える立場になった研究者であり、観光庁が旗を振るDMO(着地型観光組織、詳しくは後述)の戦略立案の責任者の一人であり、さらには長年ジャーナリストとして世の中で起きていることを噛み砕いて伝えることを職業としてきた筆者が、日常生活と観光にどう折り合いをつけるべきかを、国内外の観光地を実際に取材・調査した体験を中心にまとめたものである。(7頁)


 本書は「論考」ではなく、あくまでも「読み物」です。そのため、読みやすい語り口で展開していきます。
 新型コロナウイルスによる観光打撃について、誰もが予想だにしなかった1年3ヶ月も前の刊行物なので、今となっては社会環境も情勢も本書に述べられたこととは、現状が大きく異なっています。
 次の言葉は、そうした観光全盛の時代を背景にした物言いです。

まだ二〇年も経っていない二一世紀を一語で形容してよいのかどうかはわからないが、「AIの時代」とも言いうるのと同じ並びで、「観光の世紀」になりそうな勢いを感じるほど観光産業が伸長している。(69頁)


 本書が書かれた当時とは社会情勢が激変している今の視点で、最後まで読んでみました。著者にとっては想定外の読まれ方をするわけで、申し訳ないとの思いと共に、書籍を通して語ることの意味を考えるのにいい機会となりました。
 読み進む中で、次の指摘には考えさせられました。現代の観光に内在する問題点が見えてきたからです。これも、新型コロナウイルスの影響で観光業が変質している今、これからの変化を追っていく必要があるように思います。

私たちは、殺到する観光客を悪者にしがちだが、その観光客の誘致に力を注いだり、地域住民よりも観光客の利便を優先してしまうのも、受け入れ側、つまり地元が主導している側面があることを忘れてはいけない。古都京都の静かなたたずまいを壊そうとしているのは、事情を知らずにやってくる外国人観光客ではなく、事情を知ったうえで、地域の景観や雰囲気を貶めることに加担する地域の業者だったりする。実は本当の対立構造は、儲けを重視して観光客を優先する「地域」と、知らず知らずのうちにそのマイナス面を引き受ける「地域住民」、つまり「地域」vs.「地域」だったりするかもしれないのだ。単純な二項対立では捉えきれないところにオーバーツーリズムの難しさが潜んでいるのである。(81頁)


 なお、先日読み終えた高坂晶子著『オーバーツーリズム』には、「観光公害」という表現は避ける傾向にあることが指摘されていました。そのことは今は措くとして、この「観光公害」ということばが持つ意味あいと、その問題の切り口は、新型コロナウイルスの脅威を体験している今、あらためて再検証されるべきでしょう。つまり、これまでのことは一端白紙に戻し、あらためて現状を見つめ直して「観光公害」ということばの意味を定義し直すべきだ、ということです。これは、「GoTo トラベル」という今直面している事態が終息してから、再確認していく問題となることでしょう。
 なお、本書には3つのコラムがあります。

「コラム(1)一風変わった外国人からのクレーム」
「コラム(2)お坊さんの専門誌に掲載された観光公害」
「コラム(3)江戸時代からあった富士山の「入山料」と「観光公害」」

 このコラムで指摘された問題点は、興味深いものでした。次の機会には、こうした情報をまとめていただくと、幅広い分野の方々が観光に関する分野の問題に興味が向き、理解も深まると思います。【2】
 
 
 
posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | ■読書雑記
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