2020年08月15日

京洛逍遥(648)明日の五山送り火に関する過去のニュースから

 今日の京都市中京区では38.3度の猛暑でした。
 自宅周辺はそれほどでもなかったので、河原町三条のお寿司屋さんへ行き、四条まで散策しました。若者が多く行き交っていたのに驚きました。何かイベントがあったのかと思い、ポスターなどを見ました。しかし、特に何もなさそうです。海外からの旅行者ではないので、若者たちが日本各地から観光旅行で来ているのでしょうか。「GoTo キャンペーン」と関係するのでしょうか。かつてのような賑わいが復活したかと思わせるほどの、あまりの人の多さに、原因や理由を知りたくなります。河原町通は、3密などどこ吹く風といわんばかりの、多くの若者たちで溢れていたのです。
 ミーナの中のロフトや、バルの中の丸善なども、売り場は大混雑です。レジも、長蛇の列です。自分も出かけておきながら言うのは気が引けるものの、一体何がどうなっているのか不思議なほどの人出で大賑わいでした。今が新型コロナウイルスによる感染に気をつける時期であることは、人々がことごとくマスクをしていることです。これは、みごとなほどに統制されていました。歴史的にも記念すべき光景だと思いました。

 今日の京都新聞に、「プレイバック五山送り火」と題する特集が組まれています。
 これまでにも、五山の送り火はイレギュラーなことが多々あったようです。
 まず、今年2020年の明日は、481の火床の内の12だけに点火されます。新型コロナウイルスのために、見物客が密になることを避けるための対処です。大文字山には6個の点が用意されているそうです。

 過去を見ると、次のような出来事があったとのことです。
 新聞記事を整理しておきます。
 130年の間だけでも、大文字の送り火にはこんなことがあったのです。

※明治24(1891)年
 ロシア皇太子ニコライが京都を訪問した5月9日に点火。

※明治28(1895)年
 年に2回点火。
 (1)日清戦争の講和条約締結後の5月15日に、大文字山に「祝平和」の3文字を点火。
 (2)8月16日に、コレラが流行していたので「悪疫撲滅祈祷」のために点火。

※昭和13(1938)年
 灯火管制を理由に一旦中止となったものの、8月28日に点火。

※昭和18(1943)年〜20(1945)年
 自発的に中止

※昭和18(1943)年と翌年
 例外として、8月16日の早朝、火を使わずに白シャツを着て立ち「決戦型」とする白い大文字を演出。

※昭和21(1946)年
 復旧

※昭和38(1963)年
 大文字山だけは大雨のために17日に点火。

※平成6年(1994)年
 9月23日に、映画の撮影のため白い大文字。

※平成12(2000)年
 12月31日に21世紀のスタートを祝して点火。

 
 
 
posted by genjiito at 20:54| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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