2020年06月04日

京大病院での食事を楽しむ余裕(6)

 朝、待ちに待ったオナラと便通がありました。これで、退院は確実です。毎日、毎回、先生や看護師さんから「オナラは?」と聞かれていました。晴れて「出ました」と言えるのは、普段はあまりある会話ではありません。嬉しいものです。
 食前の体重が45.5キロでした。これは大変です。もっとも、毎度懲りずに例に出す10年前も、そんなものでした。これからの回復が、長い道のりなのです。

 朝食は、これまでが4割、5割と来ていたので、6割いただくことを予定していました。

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 しかし、お腹が空いていて、美味しかったこともあり、7割も食べてしまいました。もっと食べられそうでも、ここはじっと我慢です。焦らず、のんびりと取り組みます。牛乳は間食にします。

 運動で、階段を使うのはいいとのことでした。しかし、新型コロナウイルスの対策のために、他の棟との行き来が制限されているので、積貞棟のこの階だけを歩き回ってください、とのことでした。残念です。

 お昼前に、これまでなかなか出そうで出なかった咳が、少し痰が絡んで出ました。そのことをロビーでストレッチ中に、たまたま通りかかった看護師さんに話しました。すると、すぐにもう一人の私付きの先生がおいでになり、詳しいヒアリングとなり、結局はしばらく様子見です。

 お昼は、8割は食べられそうでした。しかし、ここもじっと我慢で、7割で止めました。

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 午後は、外来棟1階にあるレントゲン室に一人で行きました。これまでの、この病院での宿泊滞在日数は、もう70日はあるはずです。多い時は、1ヶ月間も滞在(?)していました。日帰りであれば、今も2ヶ月に1回は必ず診察に来ています。優良患者です。建物は熟知しています。

 いろいろな方とメールで連絡を取っているうちに、シャワーの時間となり、そして食事が届けられました。

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 今回も、7〜8割に留めました。
 ここにポン酢が付いているのが、関西だなと実感させます。東京にいた時には、今でこそあるものの、普段はなかなかポン酢は使えませんでした。私がよく行った回転寿司屋さんでも、ポン酢を置いていない店が大多数でした。おやじさんに頼んで、簡単なものをよく作ってもらいました。いまでは、結構広まっているのではないでしょうか。もっとも、にぎり寿司は江戸のものなので、それに関西のポン酢は最初からなかった取り合わせでしょうか。食の文化は、おもしろいものです。

 今回は、時間を争う、命の危険に自分が直面していたとは思えないほどに、順調に回復しています。気を揉みながら様子を注視してくださっている方々には、もう身体は本復し、後はいつ退院できるか、という段階にあることをお伝えします。

 諸々お願いしていること、お引き受けしていることについては、もう少し時間をください。

 科研も、新しくスペイン語を専攻する大阪大学の学生さんが今日から来てくれています。この科研も、箕面の研究室に来ていただいている研究協力者のほとんどに大阪大学の職員待遇になってもらい、強力な研究支援体制ができあがっています。そんな時に新型コロナウイルスの問題が起き、私がこんなことになったのです。しかし、みなさん賢明な方々なので、ご自分の役割を果たしてくださっています。ありがたい仲間と研究を進められる環境に身を置いていることに感謝しつつ、さらなる展開に突き進んでいくつもりです。
 新しい学生さんには、以下ブログを読んでおいてください、とお願いしました。

「PDF版『スペイン語圏における日本文学』の公開」(2014年01月12日)

「国際集会のオープニングと原稿整理」(2013年10月27日)

「英文を表示しながら日本語で語り終えて」(2013年10月29日)

 スペインには、心強い研究仲間が何人もいらっしゃいます。今後は、『スペイン語圏における日本文学』(伊藤編、国文学研究資料館、67頁、2004(平成16)年)をさらに補訂する形でまとめますので、楽しみにお待ちください。
 
 
 
posted by genjiito at 01:02| Comment(0) | *健康雑記
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