2020年05月28日

藤田宜永通読(38)『喝采』

 『ハヤカワ・ミステリーワールド 喝采』(藤田宜永、早川書房、2014年7月)を読みました。

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 藤田宜永の私立探偵物には、鈴切信吾シリーズ(2冊)、的矢健太郎シリーズ(4冊)、竹花シリーズ(7冊)、相良治郎シリーズ(2冊)、浜崎順一郎シリーズ(2冊)があります。本作『喝采』は浜崎順一郎シリーズの1番目です。もう1冊の『タフガイ』(早川書房、2017年7月)は、この次に取り上げましょう。
 さて、時は1970年代。私が高校を卒業した年です。最初に物語の背景に流れるのが、ガロの『学生街の喫茶店』。学生運動が終わった年です。この作品でも、懐かしい歌がバックにたくさん流れて来ます。同世代の藤田の特徴でもあります。
 物語が始まる早々、元女優探しの話が意外な展開となります。おもしろくなりそうです。ただし、近年の藤田の作品は後半に失速するのが常なので要注意です。始め良ければ終わり良し、ではない作家だからです。
 現金輸送車襲撃事件と女優神納絵里香の殺人事件、松浦和美の失踪事件という、3つの事件がリンクするところに、読者を惹きつける力があります。
 作中で、私が好きな吉行淳之介の作品の一つである『星と月は天の穴』のことに触れます。

 珍しく空が澄んでいて、下弦の月を仰ぎ見ることができた。
見私たちは外堀通りに向かって歩いた。
「何か嫌な予感がしたわ」
「彼の強い想いが、神様に通じたのかも」
「気持ち悪いこと言わないでよ」
「空を見て。ほら、月が出てる。気分直して」
 里美が肩をそびやかし、火を吐く怪獣みたいな勢いで息を吐いた。「飲み明かそう」
 里美は月には目もくれなかった。
 私は里美の代わりにもう一度、月を見上げた。
『星と月は天の穴』という小説のタイトルを思い出した。ユニークで私好みのタイトルだったので記憶に残っていたが、本は読んでいない。
 今夜の里美にとって、月はまさにただの天の穴でしかないようだ。(322頁)


 しかし、読んだことがないとは、失礼な話です。
 本作でも、いつものように、藤田にありがちな中だるみがありました。しかし、しばらく辛抱していると、また物語に入っていけました。ただし、次第に情に流される内容が、殺人事件の背景に展開していくのです。探偵物に、複雑な恋愛感情が絡んでいます。これまでの藤田の探偵物とは違い、人間の内面が描かれています。物語の中盤からは動きが少なくて、退屈します。しかし、人間関係は丁寧に描き続けていきます。
 最後は、あまり意外性がありません。きれいにまとめ上げたかったのでしょう。レコード大賞を取ったちあきなおみの「喝采」の歌が流れます。その歌詞が紹介され、そして解釈が展開していたら、くどいな、と、思ったことでしょう。しかし、歌の内容にはまったく踏み込まずに終わります。これはこれで潔くていいと思いました。
 これだけの紙数(単行本で525頁)を費やすほどの内容の小説かというと、はなはだ疑問です。だらだらと話が続いていきます。メリハリがあれば、もっと完成度が高くなったことでしょう。
 本作の中でチェックしたのは、次のフレーズ1箇所でした。

 女は、嫌なことがあると捌け口を求めるものである。心に溜まった垢を丸めて投げつける相手が必要なのだ。聞かされる方は、キャッチャーよろしく、荒れ球でも受け取ってやればいい。間違えても余計なアドバイスは吐かないことに限る。(324頁)


 これだけでは何となく寂しい気がします。しかし、途中で投げ出したり飛ばし読みしなかったので、これまでとは少し味付けが変わったといえるかと思います。【2】
 
 
初出誌:『ミステリマガジン』(2013年4月号〜2014年6月号、全15回)に連載されたものに加筆修正して刊行された。
 
 
 
posted by genjiito at 20:35| Comment(0) | □藤田通読
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