2020年05月26日

京洛逍遥(628)緊急事態宣言解除後の三条界隈を歩いて思うこと

 一日の内に、何回か検温をすることが日課となってきました。
 昨夜、寝る前の検温で37度2分となり、大急ぎで水分補給をしました。そして、麦茶を作って枕元に置きました。新型コロナウイルスで診察を受ける基準の中に、根拠は薄弱ながらも37度5分というものがあったことを思い出しました。すでに高齢であり糖尿病患者であるという、3つのチェック項目の2つをクリアしている身としては、残る発熱が一番の問題です。その発熱の基準値が37度5分だったので、緊急事態宣言が解除されたとはいえ、気を緩めるわけにはいきません。明け方までは熱が37度を往き来し、なかなか下がりません。7時過ぎにようやく下がりました。今日は、予定では箕面キャンパスの研究室で仕事をすることになっていました。しかし、大事に至らないためにも様子を見ることにして、これまで通り外出は自粛し、その旨の連絡を研究員の方にしました。頼りになる協力者が私の研究を支えてくださっているので、どのような状況下でも心強いことです。
 午後になって体調が落ち着いてきたので、運動を兼ねた散策として、いつもの賀茂川散歩ではなくて、小雨の中ながらも少し足を伸ばして河原町三条まで出かけました。
 乗った市バスが、大きな荷物を持った観光客に対応する仕様となっていました。
 座席は窓側に1列に切り詰めて、進行方向に向かって並んでいます。1台に座れるのは20名までです。これまでは、25〜28名くらいだったでしょうか。さらには、真ん中の乗り口のすぐ前に、荷物置きのスペースがあります。これまで通り、運転席の後ろにもあります。座席が窓際に押しやられたことに加えて荷物置き場を確保したことで、車内の床面の広さがこれまでの3倍以上は確保できています(素人の感覚でのものです)。これで、あの巨大なキャリーバッグなどを持ち込む観光客の対策にはなります。
 もっとも、乗客を犠牲にしたこの処置は、京都の今後の観光を見直してのものではありません。とにかく、観光客と地元住民の不満の折衷案に過ぎません。多分に、これまでの観光パターンを守ってのものであり、やはり依然として住民には我慢してもらおうという方策に変わりはないのです。しかし、世の中は新型コロナウイルスの問題で、これまでの観光というものを根本的に考え直す状況になりました。今日の市バスは、その意味では、過去の観光のイメージの延長での対処に留まるものなのです。
 日本の観光学は、まだまだ未成熟な学問だと思っています。新型コロナウイルスという感染症の問題が出来し、観光というものの抜本的な見直しが必要となった5ヶ月前から、観光学というものに対しても新たな見直し、再考が求められるようになったはずです。これまでが、あまりにも右肩上がりの、海外からの観光客を引き込む観光に終始していたのです。そのことが、今や完全に瓦解しました。これで観光学は、これまでの負の遺産を背負うことなく、ゼロから考え直せばよくなりました。これまでの無策に対する反発力を有効に利用して、新しい学問として出発できることはいいことだと思います。まさに、境界のない隣接諸科学を引き込み、柵のない学際的な展開が可能となります。これは、さまざまなチャンスを生み出すことでしょう。
 そのために、これまでの経緯と体験を保守しようとする方々は、いろいろと反発を抱かれることでしょう。しかし、そうした考え方や意見をも聞き入れることで、よりよい案が生まれることは確かだと思います。今後の観光学の進展が、大いに楽しみになります。そして、そうした議論が、京都の観光に新しい視点を導入した施策につながるはずです。今日の市バスが、今では後ろ向きの対処だったことを目の当たりにして、これも議論の上での実例として活かせる意義を見つけた思いがしました。
 河原町三条周辺の人出は、思った通りで活気が感じられました。これまでは、海外からの観光客8割に日本人が2割と言われていました。その8割を占めていた海外からの観光客がゼロにリセットされた姿が、今の河原町三条の現状だと思われます。今を措いては、これからの京都の観光を考えるのにいい時期はありません。今の実態を踏まえて、これまで観光客を当てにして商売をして来られた方々の視点だけで観光を論ずるのではなくて、この街で生活をする人々のことも考えた観光行政の検討が始まることを歓迎します。そのためには、混乱もあることでしょう。これまでの平和な時代を懐古して保身に走る意見も多く飛び交うことでしょう。そんな時には、若者の意見を聞くべきだと、私は思っています。もっとも、京都の若者は、青春の一時期を京都に居候する学生が多いので、その点を割り引いての若者の意見の集約が大切だと思います。
 河原町三条は、安売りのお店が増えてきたように思います。今日も、全国展開をしている安売りの大手が、来月からの出店で着々と開店の準備をしておられました。こうした、安売りを謳うお店やファーストフード店が多くなっていることは、多分に、観光客の懐と、学生の生活に迎合してのお店の変遷の一つだと、勝手に思っています。しかし、京都は自然淘汰の激しいところで、毎日のようにお店の消長が見て取れます。その点では、老舗の書店である丸善が入っている KYOTO BAL は、上品で気持ちのいい区画となっています。こうした両面からの街造りが、これからの新しい京都を作り上げていくことでしょう。常に最先端を突き進む中で、千年以上の街を展開してきた所なので、また新しい京都が生まれ変わることは楽しみです。無責任ながらも、新しい流れに協力したいと、勝手な思いを抱いているところです。
 
 
 
posted by genjiito at 21:18| Comment(0) | ◎京洛逍遥
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