2020年05月21日

100年前の京都でのスペイン風邪

 京都新聞の「100年前の京は/スペイン風邪流行」という全10回(2020.4.23〜5.19、竹下大輔・中西英明記者が担当)の連載が終わりました。これは、京都新聞の前身である日出新聞の記事から、当時の様子を再現したものです。興味深い内容が多いので、私の興味のままに一部を引いておきます。

 まず、初回(2020.4.23)の冒頭はこう語り出しています。

 スペイン風邪の国内流行が始まったのは、第1次世界大戦末期の1918(大正7)年秋。当時の内務省統計によると、21年までの3年間で全国民の4割近い2380万人が感染し、38万人以上が死亡、府内でも41万人が感染し、1万1千人が亡くなった。


 そして、今に通じる状況が報告されます。まさに、医療崩壊寸前の状況です。

18年11月6日の記事=写真上=は、京都府立療病院(現府立医科大付属病院)の医療崩壊を克明に伝える。1日600人の外来患者が押し寄せる中、医師看護師も次々に感染。特に看護師は170人のうち、70人が病に倒れ、院内感染が深刻化した。290床の入院ベッドは「10日も前から申し込んでも容易に入院できない有様」だった。


 マスク着用について、当時は今以上に苦労したようです。

20年1月22日の紙面には警察の苦悩が描かれる。「街路を往来する中にもマスク使用者は比較的少なく」との状況下、五条署(現下京署)は料理店や旅館などの経営者を呼びつけ、「マスク使用を強要」し、劇場前に注意書きを掲示した。しかし、「効果を収め得ず。毎夜観客の(マスク着用が)十分の一位に過ぎざるは更に危険」とある。(2020.4.26)


 京都府が出した以下の日々の生活での注意事項は、今と同じです。

 100年前に流行したスペイン風邪を抑えようと、京都府は生活上の予防を呼び掛けた。それは現在の新型コロナウイルスへの対策と酷似している。
 1920(大正9)年1月24日の記事=写真=に詳細がある。せきをする人には近寄らない▽多衆集合する場所に立ち入らない▽外出時は呼吸保護器(マスク)か布片などで鼻口を覆う▽たびたび、うがいする▽せきをする時は布片または紙で鼻口を覆う▽予防注射を受ける―の6項目。府は「30万枚印刷し、府下各戸に配布」したとある。(2020.4.29)


 今と同じように、デマと中傷は当時も同じようにあったこともわかります。

 デマも飛び交う。18年11月17日の紙面は市井に広がる迷信を複数紹介。「奇抜なのは飯炊窯を頭から冠ると感冒にかからぬという話。これを聞いて三日以内でなければ効能はないと囃し立てている」と、うわさに注意を呼び掛けた。(2020.4.30)


 マスクについても、今の状況と同じです。

 市民はマスク不足をどう乗り切ったのか。同17日紙面では府立第一高等女学校(現鴨沂高)の生徒が自家用マスクを手作りしたり、小学校では家庭で作ったマスクを使う児童の様子を報じている。府が近く、図解入りで作り方を府民に周知する方針
も追記された。
 京都市教委などは現在、手作りマスクの製作方法をホームペ
ージに掲載している。役所の考えることは、100年前と全く変わっていない。
 当時、マスク寄贈の美談が続々と報じられた。同年1月の紙面を見ると、松原署(現東山署)に500枚、五条署(現下京署)に60枚が市民から届けられた、とある。警察は「貧民を調査せしめ頒布する」との方針で、生活困窮者に配られたようだ。(2020.5.5)


 学校の休校措置や修学旅行の実施についても、100年前の様子がわかります。

1920(大正9)年1月17日の紙面は、京都内全小学校が10日間休校することを伝えた=写真。児童全6万のうち6千人が感染で欠席し、安藤謙介市長は小、中学校とも2週間休校するよう、馬淵鋭太郎府知事に諮ったが、小学校だけの休校になった。「府市協調」はうまくいってなかったようだ。
(中略)
 保護者と学校の対立もあった。伏見第二尋常小(現伏見南浜小)では流行期に大阪、神戸と伊勢神宮への修学旅行を予定していた。20年1月20日の記事を見ると、保護者が「感染を憂慮し、四月に延期せられたく希望」と反対したが、学校側は経費を理由に拒否。「流感を恐れぬ無謀の見学旅行」との見出しで報じている。
 旅行を強行したのかどうか、紙面では確認できなかった。(2020.5.11)


 交通機関についても、今と同じです。

 当時も満員電車での感染拡大が指摘され、交通機関の経営も苦しかった。20年1月28日紙面は京都市電の乗客が3分の1に減少したことを伝え、市は1カ月分の減収を5万円(現在の価値で約2700万円)と試算。現在も地下鉄、市バスの乗客は大幅減となっている。(2020.5.16)


 人は、次第に引き締めた気持ちも緩みます。当時もそうだったようです。

同24日紙面では、18年〜19年春にかけ、全国で25万人以上が亡くなった、という内務省(当時)のデータを列記。第1次世界大戦が終結して間もなかったころで、「戦争以上の惨禍」と警鐘を鳴らした。
 府は劇場など人混みの危険性を訴えたが、市民は油断していたようだ。翌年1月の紙面では、正月三が日に繁華街新京極に計3万7千人が押し寄せ、明治天皇の眠る桃山御陵にも参拝者4万人以上が訪れた、とある。(2020.5.19)


 100年前のスペイン風邪は、流行期が3回あったそうです。今も蔓延している新型コロナウイルスも、第2波、第3波が心配されています。とにかく、1日も早い収束を願いつつも、撲滅は不可能なのでウイルスとの共存の道が探られています。少しずつでもこれまでの生活に戻るようにしつつも、気を緩めることなく、常に予防と警戒を怠らないようにしたいものです。
 今日から、関西の京都・大阪・兵庫の緊急事態宣言は解除されました。近所のショッピングセンターへ行っても、人がまばらなので安心しました。まだ、警戒感は薄れていないようです。とにかく、この緊張感を持ち続けて、やがて迫り来る第2波の被害を最小のものにしたいと思います。
 

 
 
posted by genjiito at 20:52| Comment(0) | *健康雑記
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