2020年05月11日

吉行淳之介濫読(25)『浮気のすすめ』

 『浮気のすすめ』(集英社コンパクト・ブックス、1965年9月)を読みました。

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 これは、「吉行淳之介濫読(23)宮城まり子『淳之介さんのこと』」(2020年03月25日)と「吉行淳之介濫読(24)宮城まり子『淳之介さんのこと』を追悼の気持ちで」(2020年03月27日)を書いたことから、私にとって吉行淳之介との始発点となった本のことに触れておかなくては、との思いから読み終えたものです。

 高校2年生の時、大阪の老舗古書店の天牛書店で、偶然に本書と出会いました。以来、吉行淳之介の作品を読み出しました。文章の軽さと重さが絶妙なので好きになりました。並行して谷崎潤一郎の作品も読んでいたので、少しませた高校生だったように思います。17歳当時、内容がどの程度わかったのかは不明です。背伸びもあったことでしょう。しかし、その文章の雰囲気が気に入りました。
 本書は、自分の体験と友人知人の話を巧みに配して、「浮気」をテーマにした随想で構成されています。ごく自然なスタイルで、「浮気」について飄々と語られています。
 著者はこれを随筆と位置づけ、次のような姿勢で「浮気」について35回にわたって語り継いでいきます。

 この随筆は、あまり理詰めな書き方は避けて、なるべく「浮気」な書き方をしたい。そして、たくさんの断片の積み重ねから、「浮気」というものの姿が浮び上ってくればよい、とおもう。それがどういう姿をしているかは、目下のところ、私自身にとっても曖昧模糊としているのだが。(78頁)

 私のこの随筆では、病理学の対象となるものは避けて、もっぱら正常な人間のあいだにおいての「浮気」について調査し考えてみたいとおもう。(83頁)

「アルス・アマトリア」や「カーマス ー トラ」や「アナンガ・ランガ」などという技術研究書には、きわめて明瞭な表現で書いてある。これらは、一種、医家の心がまえで書いてあるから、そのような表現も許されるのだが、随筆ではそうもいかない。
 これらの本は、市販されているから未読の方は、読んでごらんになるのもよろしかろう……。
 などと、当節では気軽にそう言えるのだが、戦前ではこれらの本は、
「まぼろしの書物」
といってよいくらいのものであった。(126頁)

「本気」はたいへんだから、その替りに「浮気」を持っていらっしゃい。その方が、精神の衛生によろしい、という意味合いのことを、「浮気のすすめ」の結びにしようとおもっていた。(176頁)


 なかなか扱いかねるテーマに、吉行は悪戦苦闘しています。そして、しだいに半身に構えた姿勢で語っていくのです。ここでは、その一々には触れません。確かに、調査らしきものはやっています。それが、身近な人々からの情報をもとにしてのことであっても。際どい話が随所に見え隠れしながらも、求道者の姿を装って語っています。【4】
 
 
■初出誌:『週刊サンケイ』1960年3月〜11月(連載35回)
 単行本:『浮気のすすめ』(新潮社、1960年12月)
 
 
 
posted by genjiito at 23:40| Comment(0) | □吉行濫読
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