現在、この「若紫」の「変体仮名翻字版」を作成中です。
今日は、「そ」という仮名文字に一日中かかりきりでした。
定家本「若紫」の55丁表8行目に、「遣れ八」とあるところです。
影印本の解題で、藤本孝一先生は次のように報告しておられます。この「遣」の下に書かれていた文字は不明だとされています。
55オ8(117頁)、けれ八→「け」は「□」を擦消した上に書く。(13頁)
私が進めている「変体仮名翻字版」の表記で「遣」とある文字は、確かに何か一文字をなぞっています。このちょうど裏面は、次のようになっています。「ひきつ」の「ひ」と「き」の間に、表側の面の「遣」が擦り消されたために、墨が少しにじんで文字の形が何となく確認できます。
さらにこの画像を反転すると、次のようになります。
この2つの画像を並べると、つぎのようになります。
さらに、手元にある資料で17種類の諸本の本文を見比べたところ、大島本だけは本行の本文が「そ連八」となっており、それ以外の16本(橋本本・大島本・尾州河内本・中山本・麦生本・阿里莫・陽明本・池田本・御物本・国冬本・肖柏本・日大三条西本・穂久邇本・保坂本・伏見本・高松宮本・天理河内本(鉛筆なし))は、すべて今の表記で示すと「けれは」となっていました。
参考までに、『大島本源氏物語 DVD‐ROM版』(古代学協会編、角川書店、2007年11月)の当該箇所の画像を引きます。大島本では、最初に「そ連八」と書き、後で「そ」をミセケチにして「け」と右横に傍記しています。
このことから、定家本「若紫」のこの箇所は、大島本のように最初は「それ八」と書き、後に「そ」を擦り消して「遣」をナゾリ書きしたと考えることが可能となります。とすると、定家本「若紫」の「そ」の字形を確認する必要があります。この少し前の49丁裏の9行目にある「それを」を引きます。
定家本では、現在普通に使われている「そ」の字形ではなく、「ろ」のような形をした文字ばかりです。そのことを念頭に置き、この擦り消された下の文字を必死に読み解こうとしました。しかし、残念ながら、一日を費やしても確証は得られませんでした。やはり、原本を実見するしか解決しません。ただし、藤本先生のお話では、この本はなかなか見られないとのことです。どなたか、この本を実見する幸運に恵まれた方がいらっしゃいましたら、この「遣」の下に書かれている文字を教えてください。
なお、今は中断した『源氏物語別本集成 正・続』の仕事をしていた時のことを思い出しました。底本である陽明文庫本は、印刷が高精細ではなかったことと、白黒印刷であったために、こうしたナゾリの箇所については特に苦労しました。しかし、慣れるといつしか白黒の写真でも下に書かれている文字が読めてきたのです。後に、名和修先生のご高配を賜わり、原本を直に確認することができました。そして、嬉しいことに、ほとんどのナゾリの文字の下に書かれていた文字が、私の推測通りの文字であったことが確認できました。また、ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」「蜻蛉」についても、原本を確認して、写真で推測したことが間違っていないことが多かった、という体験をしています。以来、こうした写真版でも、そのナゾリの箇所の下が読めるという自信を持つようになりました。また、2008年以降は、藤本先生のご教示をいただき、カメラに顕微鏡のような装置を付けて、削られたところの繊維の流れから、削られる前の文字の形を推測するようにもなりました。さらには、科学的な手法が可能であれば、より正確な写本の実態がわかることでしょう。
とは言え、今回はギブアップです。返す返すも残念です。原本は、今は日本に実際にあるのですから、いつか実態がわかることでしょう。楽しみが増えた、ということに留めておきます。
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