2020年03月25日

吉行淳之介濫読(23)宮城まり子『淳之介さんのこと』

 宮城まり子さんが、先週、3月21日にお亡くなりになりました。93歳。
 その宮城さんを追悼する多くの報道から、簡潔な記事を一つだけ引きます。

2020年3月21日に亡くなった宮城まり子さんは、公私ともに「一途の人」だった。
社会福祉の事業家としては、「ねむの木学園」づくりに邁進し、恋の相手としてはただ一人、作家の吉行淳之介さんに惚れ尽くした。(J-CASTニュース)


 たまたま読み出していた本が『淳之介さんのこと』(宮城まり子、文春文庫、396頁、2003年4月10日)だったので、追悼の気持ちで読み続けています。今、読むのを中断して、ここにその一部をとりあげます。読み終わってから、あらためて整理します。

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 この本には、1957年の吉行淳之介氏との出会いから始まり、85編のエッセーが収録されています。そして、そのほとんどが、惚れ抜いた吉行さんとの愛情たっぷりの思い出話です。
 第1話からして、こんな調子です。
 シャンソンの評論家である蘆原英了先生のところへ勉強に行っていた時のこと。

「お付き合いに気をつけなさいよ。とくに、三悪人というのがいますからね」
「先生、三悪人って?」
「遠藤周作、安岡章太郎、吉行淳之介。こういう人たちに誘われても、ぜったい駄目」
 私は黙ってしまった。
 気配を感じて、先生が私の顔をそっとごらんになった。
「先生、ごめんなさい。もう、付き合ってる」
「だ、だれと」
「吉行淳之介」
「ああ、それが一番、悪い。ああ、こまったねえ」
 こんなことがあったのを吉行さんにすぐ言ったら、笑いながら、
「同じ喘息同士だ、よろしく言ってちょうだい」(「ファニーフェイス」16~17頁)


 なんとも軽妙洒脱で、宮城さんならではの機知に富む文章が詰まった本です。
 吉行氏が亡くなった時のことが、次のように語られています。

 彼が、再び帰らないところへ旅立った日、届けてもらった新しい原稿用紙千枚をからだの下に敷いた。そして人様の目をぬすんで、どなたかが胸の上に組みあわせてくださった指をほどき、エンピツではなく、好きだったモンブランの万年筆をいつもにぎっていた指の形通り、持たせた。もう、冷たくて固くなっていたけれど彼はしっかりペンをにぎった。彼の長い指は、ペンを持つときが一番美しかったのだ。淳之介さんには、まだ書きたいものがありましたもの。もっと生きたかったのですもの。しっかりモンブランをにぎれた手の方が、よかったのか、手を組みあわせた方がよかったのか私はわからない。淳之介さん、長編なら原稿用紙足りませんね。私、持って行きますから、ゆっくり書いていてください。(「オレンジ色の原稿用紙」47頁)


 今、宮城さんは吉行氏に届ける原稿用紙を持って、旅立たれたに違いありません。
 お二人の相思相愛の甘い生活が、今度こそ人目をはばからず、気兼ねなしに寄り添いながら始まるようです。
 ご冥福をお祈りします。
 そして、読みさしの『淳之介さんのこと』を、ゆっくりと読み始めることにします。
 あなたの文章の行間に、吉行氏とのおのろけが満ちています。
 人を好きになるというのはこういうものなのかと、たっぷり味わいながら読み進んでいます。
 私が高校生時代に出会ってからずっと読み続けた吉行氏に、こんな読者もいるということと、作品をすべて読み直そうとしている者がいることを、どうぞよろしくお伝えください。返信のお気遣いはいりませんので。


初出誌:『別冊文藝春秋』’95年213号~’00年233号(220号、226号、229号はのぞく)
に18回にわたって連載されたものに大幅加筆、再構成。
単行本:平成13年4月 文藝春秋刊
 
 
 
posted by genjiito at 20:28| Comment(0) | □吉行濫読
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