2020年03月06日

無事に2度目の手術を終えて

手術室へ行く前に、処置室で目に麻酔をしてもらいます。血圧と体温も測ります。

200306_Right.jpg

 一昨日の左目の時は、出発前の血圧が150を超えていました。いつもは70から120くらいです。今日も、150を超えています。思わず知らず緊張しているのでしょう。安全圏内なので、車椅子で本館に向かいました。途中で、車椅子のネジが外れて落ちたとのことです。付き添いの妻共々、車輪が外れて道々脱輪しないかと、笑いながらの手術室入りとなりました。

 2度目なので、勝手はわかっています。心配事も不安もありません。
 執刀してくださる主治医の先生には、水晶体が取り除かれた時は教えてください、とお願いしました。目の中のレンズがなくなった時に、何が見えるのかを知りたかったのです。
 あの『春琴抄』で佐助が、縫針を手にして鏡の前で自分の黒目を突いた瞬間を、谷崎は次のように描いています。

二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入ったと思ったらたちまち眼球が一面に白濁し視力が失せて行くのが分った出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかったこれは水晶体の組織を破ったので外傷性の白内障を起したものと察せられる(本日午前の記事同様、青空文庫より)


 目の中の仕組みを、「京大病院 説明文書 白内障手術患者さんへ 1.0版 141006」に掲載されている図を引きながら紹介します。

200306_zu1.jpg

 さらに、手術の説明の折にいただいた上記プリントから、今回の詳細な説明を引き、同病の方への安心材料とします。私は、最初は多焦点レンズを考えていました。しかし、50cm ほどの距離にあるモニタと手元の資料が、メガネを使わずに裸眼で見られるようにしたいという希望を最優先にして、最終的には単焦点レンズを入れていただくことになりました。


1. 白内障について
 白内障は、目の「水晶体」という、カメラで言うとレンズの働きをする部分が濁った状態です。私たちが「ものが見えた」と認識することができるのは、瞳孔からはいってきた光や色を 網膜 が感知し、さらに視神経を通って脳に伝えられるからです。したがって、水晶体が濁っていると、光が十分入ってこないことになり、霧がかかったようにかすむ、視力が下がる、まぶしく感じるなどの症状が出ます。
 白内障の原因は加齢によるものが最も多いですが、糖尿病やアトピー性皮膚炎などの全身疾患やステロイドの使用などによって起きることも知られています。

(中略)

200306_zu2.jpg
1) 超音波 白内障手術
 超音波を用いて金属の刃を細かく振動させて、濁った水晶体を細かく破砕して摘出します。水晶体を包んで支えている透明な袋(水晶体 嚢)は残し、そこに眼内レンズを挿入します。傷口は 2~3mm 程度です。

(中略)

4. 超音波白内障手術について
 最も一般的な方法である超音波白内障手術について、以下にご説明します。
 手術にかかる時間は 15~60 分程度です。
1) 手順
 白内障手術は、当院では入院で行っています。病棟で瞳を開く薬(散瞳薬)と麻酔薬を点眼したあと手術室に入り、あおむけにベッドに寝ていただきます。
 そして、目の消毒と麻酔薬の点眼を追加します。顔の上に清潔な布をかけ、手術する方の目だけ出た状態になります。
 その後、まぶたを開けておく器械をはめて、手術が始まります。治療中は、まぶしい感じがします。手術の痛みは、点眼または局所注射の麻酔を使うためほとんどありませんが、痛みを感じた場合には声をかけてもらうことで麻酔を追加します。


 さて、私の手術では、最初は眩しい光の点が3つ、逆三角形に置かれていました。それが、超音波を用いた水晶体の処置が進むにしたがって、しだいにぼやけて来ます。やがて、明るく白く輝く銀のスクリーンが張り巡らされたようになり、さらに進むと、また3つの光の点が現れて来ます。この光の点がくっきりした頃に、先生が「水晶体は取れたので、次にレンズを入れていきます。」と伝えてくださいました。語りかけてくださったおかげで、現在の状況がリアルタイムでわかりました。
 レンズが入ると、突然、目の前に覆い被さっている超音波を発する機器や、手術室の天井、さらには執刀しておられる先生の手先の動きが見え出しました。一昨日の手術が良好だったので、左目はよく見えました。それに加えて、右目がくっきりと見え出したことで、明るい光の世界に包まれていることを実感しました。助手として絶えず目を洗ってくださっている担当医の先生の姿も、目の端に見えたように思います。
 数年来、目が見えない方々と、古写本『源氏物語』の触読や「点字付百人一首」の活動のお手伝いをしています。共に変体仮名を読んでいるWさん、Oさん、Kさんが、いつの日にか立体コピーによる触読ではなくて、800年前の写本そのものを私と一緒に読めたら楽しいだろうな、との思いがかすめました。今すぐにではなくても、いつか必ず来るはずです。この病棟の隣には、IPS 細胞の研究を進めておられる、山中伸弥先生の研究室もあります。夢は実現するものです。その時のための準備という意味からも、これまで通り古写本の触読のお手伝いを続けて行きたいとの思いを強くしました。

 手術室の外で待っていてくれた妻と、また車椅子で病室に戻りました。外れた車椅子のネジは、元通り付け直されていました。

 無事に両目の手術が終わったことで安心したせいか、お昼ご飯は完食です。ただし、フルーツポンチは糖質が高すぎるので、家から持って来てもらったイチゴをいただきました。また、主食がパスタだったので、炭水化物が多すぎるということで、パンもパスしました。

200306_ohiru.jpg

 14時過ぎに、糖尿病・内分泌・栄養内科から、診察の連絡が入りました。迅速に対応していただき、みなさまには感謝しています。
 いつもの糖尿病の主治医の先生からは、ヘモグロビン A1cが「7.5」で高めだと。前回の「7.2」から上がっているけれども、これまで通りこのまま様子を見ましょうとのことでした。
 2週間前のベトナム行きは中止にしたことと、再来週からのミャンマー行きの話をしました。今回のコロナウイルスは、インフルエンザのように予防する手立てがないので、マスクと手洗いを怠らないことを強調しておられました。ちなみに、京都大学では、教職員の渡航は制限されているそうです。さて、私の場合はどうなるのか、今しばらくは様子見です。ミャンマーの国際交流基金ヤンゴン事務所からは、角田光代さんとのコラボレーションは、予定通り進めている、との報告を受けています。これも、間際にどうなるの、日本の感染者の推移と対応状況を見ていると、予断を許しません。今は、運を天に任せるしかありません。

 今日の晩ご飯は、こんな料理でした。

200306_dinner.jpg

 いろいろと変化に富み、味付けも穏やかなので安心していただいています。学校の食堂や、病院の食事というと、まずいものだと決めつけておられる方が多いようです。しかし、私は自分に合っている食事は、無理をして貶すことはないと思っています。ここでの残された一縷の望みは、お寿司の登場です。握り寿司よりも大阪鮨の方が好きな私は、あるいはとの期待をまだ持ち続けています。望みはいつか必ず叶う、との信念は、こんな時にも大切に温めています。
 
 
 
posted by genjiito at 19:42| Comment(0) | *健康雑記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。