2020年03月06日

右目の手術と『春琴抄』

 4日目の今朝の血糖値は「85」。これまでで一番低い数値です。自宅では、晩ご飯を20時から22時頃に食べていました。それが、病院では18時から19時に食べます。ここでの夜食は、チーズと烏龍茶だけなので、いつもより空腹状態が朝まで続いている、という事情が関係しているように思います。太りたい、体重を増やしたいと思い、夜食もしっかり食べていました。今は、食事の量も減っています。それでいて、体重は48キロと変わりません。今後の食事のタイミングを考えてみます。
 体温、血圧、共に普通です。
 午後の糖尿病の診察のため、採血と検尿もしました。
 9時半からの手術なので、何かと慌ただしい朝です。
 今朝の朝食は出ないので、妻が用意してくれたお弁当を半分食べ、いつもの薬を飲みました。
 処置室で6種類の点眼と、腕に点滴用のチューブを挿し込まれました。看護師さんと、アップルウォッチの話で盛り上がりました。今は心拍数を自動的に記録する程度でも、すぐに酸素量の計測や心筋疾患のチェックも、アメリカが実施しているように日本でも導入されるようです。そうなると、看護師さんたちの仕事もAIの導入と共に様変わりするようです、とおっしゃっていました。優しく親切なだけでは、看護師も務まらないということでしょうか。
 術前の診察が終わってから、先生に谷崎潤一郎の『春琴抄』に描かれている、佐助が針で両眼を潰す話をしました。そして、白目と黒目の硬さや、水晶体が破れた時のことを聞きました。突然のことで、先生も返答に困っておられました。また後で再度聞いてみます。
 とにかく、もうすぐ私も水晶体を超音波で砕いて取り除くので、佐助と同じような体験をします。一昨日の左目の時には、水晶体が取り除かれた瞬間、白く光るカンバスが目の中に広がりました。今度は、その点をよく見ておきたいと思っています。
 参考までに、青空文庫に公開されている『春琴抄』から、佐助が自ら目を潰す場面を引いておきます。
--------------------------------------
佐助は春琴の死後十余年を経た後に彼が失明した時のいきさつを側近者に語ったことがありそれによって詳細な当時の事情がようやく判明するに至った。(中略)
ある朝早く佐助は女中部屋から下女の使う鏡台と縫針とを密かに持って来て寝床の上に端座し鏡を見ながら我が眼の中へ針を突き刺した針を刺したら眼が見えぬようになると云う智識があった訳ではないなるべく苦痛の少い手軽な方法で盲目になろうと思い試みに針をもって左の黒眼を突いてみた黒眼を狙って突き入れるのはむずかしいようだけれども白眼の所は堅くて針が這入らないが黒眼は柔かい二三度突くと巧い工合にずぶと二分ほど這入ったと思ったらたちまち眼球が一面に白濁し視力が失せて行くのが分った出血も発熱もなかった痛みもほとんど感じなかったこれは水晶体の組織を破ったので外傷性の白内障を起したものと察せられる佐助は次に同じ方法を右の眼に施し瞬時にして両眼を潰したもっとも直後はまだぼんやりと物の形など見えていたのが十日ほどの間に完全に見えなくなったと云う。(青空文庫より)


 それでは、手術室に行って来ます。
 
 
 
posted by genjiito at 09:04| Comment(0) | *健康雑記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。