2020年02月09日

昨日の科研研究会に関する吉村報告

 昨日、大阪大学箕面キャンパスで伊藤科研-第13回研究会「海外における平安文学」を開催しました。その詳細な内容を、記録係をつとめた吉村君がまとめてくれましたので、以下に引用して報告します。

 

伊藤科研 第13回「海外における平安文学」研究会報告



■日時:2020年2月8日(土)14:00〜18:00

■場所:大阪大学箕面キャンパス 日本語日本文化教育センター1階 多目的ホール

■プログラム

・14:00~14:05 挨拶(伊藤鉄也)

・14:05~14:20 自己紹介

・14:20~14:40 研究発表「Transcreation(翻訳創造)としてのウェイリー訳−原典とadaptationの間を見つめる−」(緑川眞知子)

・14:40~15:00 研究発表「20世紀初頭のフランスにおける『枕草子』受容」(常田槙子)

・15:00〜15:20 研究発表「『万葉集』のドイツ語訳における序詞の受容−同音類音反復式の序詞を中心に−」(フィットレル・アーロン)

・休憩(20分)

・15:40~16:00 研究報告「百人一首のフランス語訳についての考察と翻訳実践」(飯塚ひろみ)

・16:00〜16:20 研究報告「中国での国際シンポジウムを終えて」(伊藤鉄也、須藤圭)

・16:20〜16:50 共同討議「平安文学を翻訳すること」(参会者全員)

・16:50~17:00 挨拶、連絡事項(伊藤鉄也)

・17:00〜 科研運用に関する打ち合わせ
 
 
■議事録

・研究発表「Transcreation(翻訳創造)としてのウェイリー訳−原典とadaptationの間を見つめる−」(緑川眞知子)
 ウェイリーの言葉とされる「transcreation」という点からのウェイリー訳の考察であった。
 具体的には絵合巻を取り上げ、「大臣もいという(優)におほえ給て」という部分の訳し方に着目された。ウェイリーはこの部分を「Genji felt smmewhat shy」と訳している。「shy」は「いう(優)に」に対応していると考えられる。ウェイリー訳の日本語訳である佐復訳と姉妹訳において、この部分はそれぞれ「源氏はいくぶん気恥ずかしく感じ、」「ゲンジもいささか気遅れがして」と訳されており、誤訳のように思われる。しかし当時の辞書にもこの語は載っていた事から単に訳し間違えたとは考えにくく、むしろ自分の中でロジックが通じるように意図的にこのような訳としたのではないか、という発表であった。

・研究発表「20世紀初頭のフランスにおける『枕草子』受容」(常田槙子)
 20世紀初頭のフランスにおける『枕草子』の翻訳者とその人間関係、随筆の定義等を踏まえながらそれぞれの訳を比較検討するものであった。石川とルヴォンは「随筆」を「筆に任せて」書かれた特殊なジャンルだとしているが、この考えはボジャールには引き継がれていないとのことであった。また石川によって随筆がフランス語でいう「印象派文学」であるという点に着目しての考察があった。それぞれの訳の比較には「春はあけぼの」の章段が取り上げられた。
 その他、「あはれ」という語の訳され方の特徴や『枕草子』を随筆というジャンルに入れる事の問題点等にも言及された。

・研究発表「『万葉集』のドイツ語訳における序詞の受容−同音類音反復式の序詞を中心に−」(フィットレル・アーロン)
 『万葉集』のドイツ語訳における同音反復の序詞について、翻訳者が見たと考えられる注釈等を踏まえつつ、具体例を示しながらその特徴を考察するものであった。序詞の訳し方を、序詞と心情部の関係を内容的にまたは文法的につなげるかどうか大きく二つに分けた上で、原典の歌の特徴からさらに細かく分けて考察された。具体例を一つずつ取り上げ、翻訳者の傾向などについても言及があった。

・研究報告「百人一首のフランス語訳についての考察と翻訳実践」(飯塚ひろみ)
 百人一首歌のうち5首を取り上げ、先行する4種類のフランス語訳における手法を考察した上で、飯塚氏によるフランス語訳の実践を紹介するものであった。先行訳はそれぞれ5行書きや冒頭大文字などの型がある。しかし飯塚氏は何のために、誰のために訳すべきであるのかが現時点では不明であるいう点を踏まえ、型を定めずに訳を実践された。具体的には枕詞をあえて訳出しない、説明的な訳を付け加えて6行にする事でフランスの6行詩に近づける、など様々な試みがあった。

・研究報告「中国での国際シンポジウムを終えて」(伊藤鉄也、須藤圭)
 2019年12月20日から22日に行われた「2019年度中日比較文学国際研究会」の報告であった。
 分科会では中古・中世・近世に受容された『源氏物語』から翻訳についての発表が行われた。
 中古では様々な物語や和歌が『源氏物語』に影響を受けたことについて、翻訳においてどのように向き合うことができるかということに言及された。中世では古註釈の影響を翻訳にどのように組み込んでいくかということに言及された。近世では『源氏物語』の俗語訳者の「翻訳意識」を探るために、用いられた用語や比喩などを考察したものであった。

・共同討議「平安文学を翻訳すること」(参会者全員)
*まず吉海氏から、昔は日本文学の翻訳というと英訳が主であった。しかし、現在は様々な言語に翻訳されていることがわかっていること、ネットや動画により日本文学が広く享受されるようになっていること、翻訳機の登場、原典と異なる訳であっても読者に享受されること等々、これからの学問について言及された。翻訳機については現在写真による翻訳ができるものがあることや、AIによる劇的な精度向上が進んでいるということが、伊藤氏や須藤氏から報告された。

*緑川氏の発表について、ウェイリー訳に辞書は影響を与えたのか、誰に向けて書かれたのか等の質問があった。辞書についてはウェイリーの環境等から考えると見たはずであろうとのことであった。想定されていた読者としてはブルームスベリーの人々が第一ではないか、とのことであった。またウェイリー訳は原典のリライトであり、その訳し戻しはリライトのリライトであるとのことであった。これについてモハンマド氏から、インドではすべてウェイリーの重訳であることが報告された。しかし、ウェイリー訳の問題点についても言及し、翻訳の目的や方法を考えていくことや対象となる読者の社会的背景を踏まえることの必要について言及された。また機械翻訳については、どの程度文学に使うことができるのかについての疑問も呈された。

*常田氏の発表について、吉海氏から『枕草子』は随筆というジャンルに入れない方が良いという事について、さらなる言及があった。常田氏はこれに賛同し、同様に『枕草子』をエッセイとする学生がいるという問題についても言及された。

*飯塚氏の発表について、伊藤氏から各国語訳で同様の取り組みを行うことでそれぞれの特徴を掴むことができるのではないか、という言及があった。

 
 
 
posted by genjiito at 23:46| Comment(0) | ■科研研究
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