2020年01月18日

日比谷で源氏の橋本本を読む(18)[複数の本文を読む楽しみ]

 天気予報では、今日の東京地方は雪とのことでした。午前11時から日比谷図書文化館での源氏講座があります。新幹線が止まらないうちにと、始発で出かけました。
 東京は寒い、の一言です。しかし、雪ではなくて霙でした。2時間も早く着いたので、帝国ホテルのラウンジで1時間ほど読書をして英気を養いました。

 午前の部の「異文を楽しむ講座」では、年賀状に「申し上希満寿」「申し上介万寿」(もうしあげます)と書かれた賀状を見てもらいました。大きく書かれた「寿」がポイントです。

 橋本本の本文の解釈は、藤壺懐妊のくだり(文節番号「052889」「ふしつほの宮」〜)です。本文異同の資料を見ながら、異文の意味を確認しました。配布した異文校合プリントは4枚です。問題とした主な本文異同のある箇所は、以下の通りです。

■「若紫」17本異文校合■



橋本本[ 橋 ]
 大島本(1)[ 大 ]
 尾州河内本(1)[ 尾 ]
 中山本(1)[ 中 ]
 麦生本(1)[ 麦 ]
 阿里莫(1)[ 阿 ]
 陽明本[ 陽 ]
 池田本[ 池 ]
 御物本[ 御 ]
 国冬本[ 国 ]
 肖柏本[ 肖 ]
 日大三条西本[ 日 ]
 穂久邇本[ 穂 ]
 保坂本[ 保 ]
 伏見本[ 伏 ]
 高松宮本[ 高 ]
 天理河内本鉛筆なし[ 天 ]
--------------------------------------
(1)ふちつほの宮[橋=中陽池御国肖日穂保伏天]・・・・052889
 ふしつほの宮[大]
 ふちつほのみや[尾高]
 藤つほの宮[麦阿]
この[橋=尾中陽高天]・・・・052890
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
ころ[橋=尾中陽高天]・・・・052891
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
わつらひ/つ〈改頁〉[橋]・・・・052892
 なやみ[大麦阿池御国肖日穂保]
 わつらひ[尾中陽高]
 なやみ/や〈改頁〉[伏]
 わつらふ[天]
給[橋=尾中麦阿陽御国肖穂保伏高天]・・・・052893
 給ふ[大]
 たまふ[池日]

(中略)--------------------------------------

(2)心も[橋=大尾麦阿陽池御国肖日穂保伏高天]・・・・052910
 こゝろも[中]
あくかれ給て[橋]・・・・052911
 あくかれまとひて[大尾中麦阿陽池御肖日穂保伏高天]
 あくかれまとひて/れ〈改頁〉[国]

(中略)--------------------------------------

(3)ナシ[橋=尾麦阿高天]・・・・052952
 こゝろふかう[大御]
 心ふかさなと[中]
 心ふかく[陽]
 心ふかう[池国肖日伏]
 ふかう[穂]
 心ふかう/〈改頁〉[保]
ナシ[橋=尾中高天]・・・・052953
 はつかしけなる[大陽池御国肖日穂保伏]
 心はつかしけなる[麦阿]
御もてなしなと[橋=尾陽高天]・・・・052954
 御もてなしなとの[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 ナシ[中]
ゝりあつめ(とりあつめ)[橋=尾]・・・・052955
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 ゝりあつめて(とりあつめて)[中]
 とりあつめ[陽高]
 取あつめ[天]
なのめなる[橋=尾中陽高天]・・・・052956
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
ところ[橋=尾高]・・・・052957
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
 所[中陽天]
なく[橋=尾中陽高天]・・・・052958
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
人に[橋=尾中陽高天]・・・・052959
 なを人に[大麦阿池御国伏]
 なを人に/〈改頁〉[肖]
 猶人に[日保]
 猶人には[穂]
ゝさせ(にさせ)[橋=大陽御日保伏高]・・・・052960
 にさせ[尾中池国肖天]
 に[麦阿穂]
給はぬを[橋=大中麦阿陽池御国肖日穂保伏高]・・・・052961
 給はぬを/た△〈削〉給は[]
 たまはぬを[天]
なとて[橋=尾中陽高天]・・・・052962
 なとか[大麦阿池御国肖日穂保伏]
すこし[橋=尾中陽高天]・・・・052963
 ナシ[大麦阿池御国肖日穂保伏]
よろしき[橋=尾中陽高天]・・・・052964
 なのめなる[大麦阿池御国肖日穂保伏]
ところたに[橋=尾高]・・・・052965
 ことたに[大池御肖日穂]
 所たに[中陽天]
 事たに[麦阿国保伏]


 それぞれの本文異同を見ながら、叩き台としての私見を提示しました。それは、現在一般に読まれている大島本は、その本文に男の手が加えられているものであり、橋本本は男の手はあまり感じられない、というものです。
 この視点で、数カ所を見ていきました。まず、本文は2つにしか分別できないこと。これは、すでに多くの巻で確認してきたことです。そして、大島本は橋本本に比べて追補された文が多いことも指摘しました。さらに、藤壺の懊悩の描写に注目して、男が語りに参加している可能性について語り合いました。数人の方から、積極的な意見が伺えました。いずれも、藤壺懐妊をめぐり、その読み分けに関するものです。
 今すぐに結論が出る問題ではありません。私が強調したことは、物語に男の手が入っていることの可能性と、明らかな異文が確認できることから、従来の大島本一辺倒の物語理解ではなくて、橋本本という本文を読むことによって、また別の『源氏物語』を読む楽しみがあることです。『源氏物語』の本文は一つではない、という立場からの、新しい作品理解の楽しさを手にすることができる、という趣旨の私見です。

 お昼休みには、地下のラウンジで、インドでお世話になった東京外国語大学の村上明香さんを交えて、受講者の方々と食事をしました。ウルドゥ語というインドの言葉を研究対象にしている村上さんに、沢山の質問が飛び交いました。楽しいお食事会となりました。

 午後は、「翻字者育成講座」です。今日は、雑談をほとんどせずに、テキストを6頁以上も読み進みました。これまでで最長の分量を読んだことになります。休憩時間も忘れて、2時間も変体仮名を読み続けたのです。みなさんからは、今日1日で半年分やった気がする、との感想が聞こえました。また、目が見えない尾崎さんは、長時間、大量の文字を触読したので、疲れ果ててもうぐったりです、とのこと。立体コピーの文字を指で追いながら読み進むのは、相当神経を集中して取り組んでいるようです。

 たくさん読んだ中で、翻字のミスも指摘してもらえました。以下の2箇所です。

(1)《50オ8行目》「葉多徒き」→「葉多徒き

(2)《50ウ5行目》「いう葉」→「いう葉」


 終了後は、いつものように新橋の近くにあるお店で、講座で疑問だったことなどを話し合いました。自由気儘に意見を言い合うのは、楽しいものです。みなさん勉強熱心な方々なので、充実した時間となりました。

 帰りの新幹線で、尾崎さんからメールが届きました。今日のお礼とともに、希望していた県立図書館から就職試験に合格したとの通知が来たというのです。
 昨年末から、その結果が気になっていました。嬉しい知らせです。新しい世界で、いろいろなことに挑戦してほしいものです。
 特に、立体コピーを活用した触読の普及活動は、尾崎さんにしかできないことであり、図書館で実現することによって輝かしい仕事になることでしょう。
 立体文字による触読ライブラリーを充実させ、触読のカウンセラーとして、読書のアドバイザーとして、目の見えない多くの人に読書の楽しさを広げてほしいものです。
 持ち前の明るさと粘り強さを発揮して、大きな夢を温めながら、着実に実現していくことでしょう。夢語りではなくて、夢を叶えるライブラリアンに成長していくことを期待しています。
 なお、これまでの触読研究に関しては、私の科研のホームページである「古写本『源氏物語』の触読研究」(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/)に詳細な活動報告をしています。その中で、この研究の特色と意義について、次のように記しています。(http://genjiito.sakura.ne.jp/touchread/?page_id=27

 触常者が、凹凸の平仮名(変体仮名)や立体文字を、しかも縦書きが読めるようになれば、文字を読み本を読む環境が大きく広がる。点字や音読によるボランティアに頼って触常者の読書体験を支えることには限界がある。古い時代に筆で書き写された文字を触常者が触わって読むことができるようになると、積極的に日本の伝統的な文化を、文献や手書き資料を読むことによって、より深く理解できるようになる。さらに、国文学研究資料館が持つ約20万点にも及ぶ古典書物のマイクロ・デジタル資料が活用できるようになり、新たな学習の機会が得られるようになる。
 もし、変体仮名が十分に読み取るまでに至らなくても、明治時代中期以降に国によって定められた現在の平仮名を読み取ることができれば、目的の半ばは達成できたといえる。図書館が平仮名による総ルビの書物を立体コピーしたり、透明シートに平仮名を立体コピーしたものを本に貼れば、触常者が読みたいと思う図書館の資料を利用できるようになる。触常者が、図書館で本が読めるようになると、図書館や資料館の役割も変わらざるをえない。触常者への対面朗読や、点字・朗読CDの貸し出し等に留まっていた図書館の機能が、新たな役割と使命を帯びることになる。


 この図書館の新しい機能に、明るい光が当たることになります。こうした目的を実現する上で、尾崎さんのますますの活躍を楽しみにしたいと思います。
 
 
 
posted by genjiito at 23:54| Comment(0) | ■講座学習
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