六榕寺の六榕花塔はみごとでした。ここは、蘇軾が広州(当時の恵州)に左遷された時に訪れている寺です。
陳氏書院と広東民間工芸博物館では、みごとな細工を施した工芸を堪能しました。
古玩城では板に経文を刻んだお経を手に入れました。
帰りの空港でのことです。
チェックインカウンターで、預ける荷物の重さが23キロまでのところを、私のキャリーバッグは5キロもオーバーしている、とのことです。翻訳本を30冊以上も詰めたので、何となく予感はありました。そこを何とかと言っても、聞く耳を持たぬと、そっぽを向いておられます。
仕方がないので段ボール箱を買い、箱詰めを18キロにし、キャリーバッグを10キロにしてOKとなりました。これまでの体験からでは、これくらいは大目に見てもらえていたように思います。とはいえ、規則は規則なので、どうしようもありません。
機内食は「うなぎごはん」をいただきました。もっとも、まだ半分も食べないうちに、それ以上は喉を通らなくなりました。後で、手持ちのチーズとビスケットで補いました。
座席に取り付けられたテレビが不調でした。それでも何とか映画が見られるように頑張り、来るときに半分まで観た「居眠り磐音」の後半を観ました。終わり方が後を引かない、いい映画でした。
帰りの飛行機は、相当古い機体でした。モニタのタッチパネルがなかなか反応しません。画面のコントラストがまばらです。隣のA席は空いたままで荷物を置けました。ただし、座席のシートが壊れていて、置いた荷物を動かすとシートも一緒に外れて下に落ちる仕掛け(?)のものでした。この席に誰か座ったら、大騒ぎになったことでしょう。また、私の目の前の物入れのポケットは、マジックテープが古くなっていて、物を入れようとして触ると、ベリッと剥がれて落ちました。使い物になりません。何も入れないようにしました。昔懐かしい、肘置きのカバーが捲れ上がり、中の配線が剥き出しのままで飛んでいた、某航空を思い出します。腕が感電するのではないかと、ハラハラして乗っていたことを思い出しました。
そういえば、来るときに、女性アテンダントの方のダラダラした態度が気になっていました。だらしないのです。見たくない姿だったので、帰りはと見ると、今度はキビキビした方ばかりでした。当たり外れが大きい航空会社なのでしょうか。
とにかく、無事に帰国しました。
目的はすべて達成できた、充実した旅でした。トラブルが何もなかったことが、さらに気持ちのいい旅にしてくれました。
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