2019年12月12日

読書雑記(275)堀越英美『女の子は本当にピンクが好きなのか』

 『女の子は本当にピンクが好きなのか』(堀越英美、河出文庫、2019年10月)を読みました。

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 最初に、本書の概要が記されています。

 そもそも、なぜ自分はピンクにこんなにもやもやしてしまうのだろう。私は、ピンクから何を読み取っているのだろう。
 二女の母としてのこんな素朴な疑問が、本稿を書かせるきっかけとなった。一章ではまず、フランス、アメリカ、そして日本を中心に、ピンクが女の子の色となった歴史を概観する。二章では、ピンクまみれの女児玩具シーンに反撃ののろしをあげた二〇代アメリカ人女性考案の玩具ブランド〈ゴールディー・ブロックス〉および〈ルーミネイト〉の快進撃の事例とともに、欧米におけるアンチ・ピンク運動を取り上げる。三章では、〈ゴールディー・ブロックス〉の成功から始まった、現在進行形で広がりつつある女児玩具のSTEM(理系)化ブームを紹介する。四章では、女性の理系・社会進出が進まない日本社会においてピンクが何を意味するのかを考える。五章では、日本のインターネット上で盛り上がる「ダサピンク」批判から、客体としてのピンクと主体としてのピンクの違いを考察する。最終章となる六章では、ピンクが好きな男子に対する抑圧、そして「カワイイ」から疎外される男性の問題を取り上げる。(12〜13頁)


 このタイトルで本を書く著者なので、女のお子さん2人はピンク好きにはならないだろう、その生活実態からの報告だろう、と思って読み始めました。ところが、実際にはピンクを好む子になっていたので驚いた、ということから語り出されていきます。話の展開が、予想とはまったく違う方向へと向かい出したのです。
 開巻草々、『源氏物語』の例が出ます。ただし、日本の古典文学が引き合いに出されるのはここだけです。

『源氏物語で各登場人物の服色を色彩系統別に研究した論文「『源氏物語』にみる人間関係と表現の関連」(山村愛、斎藤祥子著/二〇〇六年)によれば、紫の上の服色はピンク、赤、紫系が約二割ずつ、女三の宮にいたっては三分の二がピンク系。光源氏自身もピンク二割、白一・五割、赤一割の割合で着用している。特権階級がそれまでにない豪奢な暮らしを享受できた平安時代は、ロココ同様に女性の文化が花開いた時代でもある。清少納言が「枕草子』で小さく弱い存在である赤ちゃんや子供の可愛さを称揚できたのも、豊かさと平和があればこそ。優雅で柔弱であることがよしとされる貴族文化では、男女間わずピンクが好まれるのかもしれない。(22頁)


 読み進んでいたら、突然「変体少女文字」(52頁)という用語が出てきました。これは、一般の読者には意味不明なことばです。注がほしいところです。本書には、出典を示す後注が詳細に付いています。しかし、こうした特別なことばに注がないので、よくわからないままに読み進むことになります。
 スタンフォード大学の2人の女子大生が、組み立て系のおもちゃを開発します。女児向けのエンジニア玩具で、女性がもっと理系分野を学べるようにと作ったものです。本書には、こうしたコンピュータのプログラミングを女性が習得し、将来の職業に活かす意義を強調する箇所がいくつもあります。これを読みつつ、私は次の本を書棚から抜き出してパラパラとみました。書名は、『私は♀プログラマ』(草葉恋代、ビレッジセンター出版局、1992年7月)。

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 これは、当時コンピュータの雑誌に連載されていた時から、毎回楽しみにして読んでいたものの書籍版です。すでに、女性がコンピュータ分野で活躍していた時代があり、その楽しさを語る本なのです。今から27年も前の本です。それ以降は女性がこの分野で活躍するというプログラム熱は、ほとんど進展しなかったのでしょうか。あるいは、何か形を変えているのでしょうか。今回読んだ本の著者がこの27年前の本を読まれたら、どのような感想を持たれるのか興味を持ちました。
 なお、この本にはディスクに貼り付けるラベルが、おまけとして付いていました。当時を知る者が共有できる、遊び心のあるおもしろいしかけです。

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 レゴの世界にも、ピンクの女の子コーナーと、ブルーの男の子コーナーがあることを初めて知りました。孫娘が、最近レゴで遊ぶようになりました。先日は、高い塔を組み立てたようです。これは、男の子が好むものとされています。本書には、男児玩具には空間把握能力を育む教育能力が高い、とあります。子供時代の遊びが将来の職業選択に及ぼす影響についても言及しています。
 それに関連して、以下の例を紹介しておきます。

 米国テキサスA&M大学の心理学者ジェリアン・アレキサンダ教授は、男女で玩具の好みが違う理由は、目の構造の性差にあるのではないかと推察している。目の網膜は光を神経シグナルに変換する組織だが、光の情報を中枢神経へ伝達する神経節細胞の分布は、男女で大きく異なる。男性の網膜に広く分布する"M細胞"は、おもに位置・方向・速度に関する情報を集め、色には反応しない。これが、男児がボール遊びや車のおもちゃを好む理由ではないかと考えられている。鉄道マニアがほぼ男性で占められている理由も、M細胞で説明できるのかもしれない。一方、女性の網膜には、色や質感に関する情報を集める"P細胞"が広く分布している。女児のほうが色にこだわり、描く絵がカラフルであるのはこのためではないかというのである。
 男児向け玩具のカラーリングが多様であるのに対し、女児向け玩具がピンクなどのパステルカラーに特化しているのも、P細胞のせいなのかもしれない。(84頁)


 さらに読み進むと、次の説明があります。

女子中学生は「周囲から『女性らしい』と見られるよう『理数科嫌い』を装うことが予想される」と考察し、「ジェンダーステレオタイプによる女性としての望ましさから、周囲が理数離れを起こしやすい状況を提供したり、本人も『理数嫌い』を装ったりすることが、理数科への勉強への動機付けを減じることになり、その結果、成績も下がることになってしまう。(…)こうして、『理数嫌い』を装うことが本当に理数嫌いにしてしまうのである」と結論づけている。
 つまり、こういうことだ。「かわいい女の子」のロールモデルが「頑張り屋さんだけど、算数は苦手」である社会では、かわいい存在でありたいと願う女の子は自らそちらのイメージに"寄せていく"のである。本来の好き嫌いにかかわらず。そうして、本当に数学がわからなくなってしまうのだ。(96頁)


 こうしたことは、どれくらい客観的に解明されているのか、科学の分野での研究成果を知りたくなりました。
 さらに、アニメや映画を例にして、ピンクの扱われ方を見ていきます。文化の受容を通して、ピンクが果たす役割を分析します。しかし、私の体調がよくないせいもあってか、語られている内容になかなか入っていけません。客観的ではない、恣意的な情報の取り上げ方が感じられたからです。
 社会でピンクがどのように取り扱われ、理解されているのかを、本書は論じています。その受容を通して、傾向を見ていきます。しかしながら、このことが、本書のタイトルからずれていっているように思えました。『女の子は本当にピンクが好きなのか』というテーマと、本書が語る例示の対象がズレているように思えたのです。集めた情報の分析の妥当性がよくわからないし、本質に切り込んでいないようです。私が期待した展開ではなかったのです。
 また、海外の情報をもとにして展開する論理と、日本の風土が持つ特有のものを等価値で比較していいのかということにも、大いに疑問を感じました。日本でのピンクが持つ意味と受容相に触れてもらわないと、納得しにくいし、理解が深まりません。外国の影響はわかった、しかしそれは人ごと、というレベルに留まるのです。
 著者の次の見解は、印象批評の域を出ず、論証が必要だと思います。自分の中に結論があり、それを元にして語られているのです。

ピンクには軟弱さや愚かさといった負の女性性のイメージがついていることもあって、これを男性が身に着けることはゲイやトランスジェンダーのふるまいとして見下される傾向にある。(187頁)


 最終章である「文庫版特典 女の子と男の子のジェンダーをめぐる話をもう少し」は、非常におもしろく読みました。まずは、その冒頭を引きます。

女の子が文学部に入るべきでない5つの理由


 「女の子の色はピンク」が自明視されているように、「女の子は文学部に進めばよい」というステレオタイプは根強い。いや、かつては根強かった、というべきだろうか。
 自分の適性も考えずに文学部に進学して辛酸をなめたのは、これまで述べたとおりだ。私のような失敗をする若い女性がこれ以上増えないよう、女子が安易に文学部に進むべきではない理由を語り継いでいきたいと思う。(212頁)


 それまでが、調べたことの報告だったので多分に退屈していた私は、ここでは作者の実体験をもとに語られているのでおもしろかったのです。生の声が聞こえます。たとえば、次の独白は、作者の本音なのでしょう。

自然=女性という本質主義的イメージを身にまとい、自らを再コンテクスト化して他者性をアピールしよう。何を言っているのかわからなくなってきたが、自分でもよくわからないことをつい口走ってしまうのも文学部出の性である。(217頁)


 私が本書に馴染めなかったのは、こうした語り口についていけなかったからなのかもしれません。本書は、この最終章を読んでから、あらためて一章から読めばいいように思いました。
 
 
■書誌:『女の子は本当にピンクが好きなのか』(Pヴァイン、2016年)に加筆して文庫化
 
 
 
posted by genjiito at 20:26| Comment(0) | ■読書雑記
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