2019年12月10日

目が見えなくても変体仮名は触読できる

 先々週の「紫風庵」での勉強会の様子は、「紫風庵で三十六歌仙と源氏物語の変体仮名を読む(第7回)」(2019年11月30日)に書いた通りです。

 その記事の冒頭で、全盲のHさんについては、「生まれつき目が見えない方です。五十音図のひらがなは何とか書けるそうです。歴史と古典に興味があり、昨年から現代語訳の古典を読んでいるとのことです。初めて仮名文字の触読に挑戦ということになります。」と書きました。
 勉強会では、どのような文字を、どのように説明したのか、その詳細は上掲のブログの記事を参照願います。

 その後、全盲のHさんへの勉学支援を今後どうしたら一番いいかを、当日直接横でサポートした吉村君と相談しました。そして、吉村君が触読のサポートをしていて感じたことを、そのままメモとして私へのレポートにしてもらいました。
 この吉村レポートをHさんに読んでもらうことで、こちらが感じたことを伝え、それに対するHさんの意見を聞く。その繰り返しの中で、お互いの意思の疎通をはかりながら進んで行くことにしよう、ということになりました。
 以下、吉村君がまとめたレポートを適宜整理し、箇条書きにして引用します。
 この吉村レポートに対するHさんからの感想や思うところを伺うことで、我々は次の対処の方向性を探ろうということです。

 これまでに私は、見えない方が変体仮名を読まれることに関しては、3人の方に関わりました。その過程は、「古写本『源氏物語』の触読研究」に、いろいろな記事として報告しています。その中でも特に「触読通信」と「研究会報告」が、さまざまな事例を取り上げています。

 私と同年というHさんは、いろいろと豊かな文字感覚や知識をお持ちです。今回の「紫風庵」での立体コピーを触っておられる様子を拝見していて、予想外に触読ができそうにお見受けしました。横で直接サポートに当たった吉村君の報告を読んで、その思いはさらに強いものになっていきました。
 私としては、一緒に楽しみながら日本語の文字の歴史をたどりつつ、文字の触読を通して日本文化を共に体験していく仲間に出会えたと思っています。
 そして、いつも一緒に行動しておられる旦那様も、共に変体仮名が読めるようになり、お2人で博物館や美術館や街の書道展などに足を向けられ、展示されている仮名文字を旦那さまが読んで説明し、Hさんがその文字の形を確認するなど、楽しい話が交わされる姿を思い浮かべています。
 もっとも、見える見えないに関係なく、しばらく変体仮名に接していないと、すぐに読めなくなります。久しぶりに立体コピーを触ると、しばらくは指が空をさまようそうです。「あれっ うーん」と。とにかく、気長に続けることしかありません。まずは、月に1回ながら、「紫風庵」での勉強会です。

 以下、吉村レポートを整理したものを引用します。

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■Hさんへの触読支援に関する報告■



「第7回 源氏物語と三十六歌仙を変体仮名で読む会」(2019.11.30)

(0) 「三十六歌仙絵」を紙で確認する時は、初めに全体像の絵を立体コピーにしたものを触ってもらい、襖の枠に当たる四角い部分の内側に、歌と絵があることを確認してもらいました。

(1) 字を読む時は、まず作者名を確認します。しかし、漢字なので読むことはできません。この文字列が名前を表しているのだ、という認識だったと思います。

(2) 最初の清原元輔の歌では、1行目「【音】」「那」はやはり難しかったようです。
 「し」は、「これが「し」ですよ」と伝えると、「ああ、わかるわかる!」と感嘆しておられました。
 「の」は、今の字母と同じです。しかし、漢字に近く輪になっている部分がなかったため、腑に落ちない様子でした。
 「【河】と楚徒ゐ丹」は難しかったので、1文字ずつ一応説明するような形になりました。
 「と」は、今と同じ形です。しかし、小さいので読みにくいようでした。
 次の「な可連いつる」も、難しかったようです。手違いで資料作成の段階で消してしまった「い」については、「ここに本当は「い」があります」と言って、何もない所を触ってもらいました。
 「可」はよく出てくるので、「くるっと回っていたら「可」ですよ」と伝えました。この時には、この文字が変体仮名であることを伝え忘れてしまったような気がします。今後気をつけなければなりません。
 次の「い者で【物】おもふ」は、「お」と「ふ」がわかったようでした。「お」は最後の点を触ってもらい、「ふ」は最後の2画の点を触ってもらうと納得してもらえました。
 「【人】の【涙】盤」は、漢字の「【人】」がわかったようでした。

(3) 当日は気にならなかったことで、後で漢字が読めていた事に気がつきました。次回、漢字をどの程度知っておられるのか、確認したいと思います。

(4) 歌仙絵を見比べる時は、触って顔や目の位置、冠があることを確認しました。ポーズなどは触って知るのが難しく、笏を持っている部分がどうなっているのか、よくわからない様子だったので、口で説明しました。絵の様子については、旦那様も説明に加わってくださいました。

(5) 次の坂上是則では、1行目「三」「よ」は触りながら伝えても、理解するのが難しかったようです。しかし、「し」はすぐに読むことができていました。
 続く「野」「々」「山」は、漢字なので説明するだけに留めました。
 「能」は、「これは「の」ですよ」と伝えると、「これもわかる」とおっしゃっいました。
 なぜ変体仮名がわかったのかと思いましたが、形が少し「の」に似ていたので勘違いされたのだと思います。「今の平仮名とは違う形の変体仮名ですよ」ということは一応伝えました。
 また1文字目の「三」は、「カタカナの「ミ」に似ています」と伝えました。しかし、そもそもカタカナはわかるのかどうか、という事に後で気がつきました。これは後に出てくる「八」も同様だと思います。

(6) 2行目は変体仮名が多く、「これは今と違う仮名ですが、「○」です」、「これは漢字で、「雪」と書いています」といったように、説明ばかりになってしまいました。
 最後の「し」は、「これは何かわかりますか?」と尋ねると、見事に「し」であることを当てられました。
 3行目では、「む」と「く」はわかったようでした。
 「さ」も、見た目は今の形に近いですが、小さかったので触って読むのは難しかったようです。
 4行目の「里」は、「り」だとわかるとのことでした。しかし、これも先の「能」と同じように、「里」の上の部分を「り」と勘違いされたのだと思います。これについては、私も「里」を「りと」と二文字だと思って読んだ経験があるので、慣れで解消できる問題ではないかと思いました。目で見ると、字の全体像を把握できるのに対して、触って読む場合は上からなぞっていくため、「里」の上の部分まで触ったところで「り」と判断してしまいやすいようにも思われます。
 この点については、福島の渡邊さんや、東京の尾崎さんがどうされているのか、気になりました。

(7) 5行目最後の「り」は、今の平仮名と同じです。左右のバランスが今と違うためか、少し難しいようでした。

(8) 4,5行目は、「な」の形が問題になりました。しかし、くずし字を読むのが初めてということもあり、内容の理解はなかなか難しい様子でした。

(9) 藤原元真の歌では、1行目「【夏】【草】は志希り耳」のうち、「は」はわかったようでした。
 2行目「気里奈堂まほこの」については、「まほこの」の部分がわかったようでした。「ま」は1、2画目の横棒が、「ほ」は1画目の縦棒が、「こ」「の」は今の形に近い事が理解の助けになったのだと思います。
 3行目「【道】遊く【人】も」は、「く」「人」「も」がわかりました。
 4行目「む春婦者閑梨に」は、「む」「に」がなんとなくわかったようでした。「む」は右上の点が助けになったようです。

(10) 襖で実物を確認している間は、もう一度同じように触ってもらいました。実物と比較はできませんが、良い復習タイムになっていたように思います。「し」や「く」などは、何も助言しなくても読むことができていました。

(11)「須磨」15丁ウラの変体仮名交じりの文章は、時々指を筆の運びに従ってなぞりながら進めてもらいました。どうしても途中で遅れてしまうので、キリの良いタイミングで遅れてしまった部分は飛ばしました。
 すぐに理解できたのは、「く(4行目など)」「け(5行目など)」「し(2行目など)」「の(2行目など)」「や(3行目など)」です。
 逆に難しかったのは、やはり変体仮名と漢字です。特に、画数が多いものや小さいものは、立体コピーで潰れてしまう所が多かったことも、原因だと思います。
 そこで今回は、「可」や「八」を特に強調しながら進めました。「か」はクルッと回っているもの、「八」は左右に点が2つあるもの、といった感じです。
 この時に、カタカナの「ハ」に似ているという説明をしました。しかし、先の「ミ」と同様に、伝わっていたのかどうかわかりません。
 頻出の「尓」も、強調しようと思いましたが、小さいため難しいようでした。

(12) 全体を通して、読めた時に毎回喜びが伝わってきました。終わった後も、参考資料である『変体仮名触読字典』を取り出して、「どれから覚えていけばいいですか」と聞いてくださいました。
 まず、現行の平仮名と同じ字母のもの(字典では一番右のもの)を勧めました。しかし、この調子だと、変体仮名も覚えていく順番を決めておかなければならないかな、と思いました。その時は、出現頻度が高い文字や、余白が多めの文字から始めるのがよいかと思います。またある程度慣れてきたら、特に注意する部分を拡大コピーしておくことで、わかりやすくなる所もあるのではないかと思いました。


 この吉村レポートをメールでHさんに送ったところ、以下のような返信をいただきました。少し整理して紹介します。

・ 紫風庵での勉強会は、学生時代に帰ったような気持ちでとても楽しかったです。

・ 立体コピーの人物像は、輪郭をつかむのに役立ちます。詳しいことは、言葉で説明していただくとイメージがわきます。

・ 文字について。私は学生時代にリポートを提出するとき、今のようなパソコンはなかったので、ひらがなタイプと英文タイプを使っていました。そのため、ひらがなとアルファベットは覚えています。しかし、カタカナや漢字は忘れてしまいました。

・ 勉強会で漢字が出てきたときは、最初からわからないとあきらめて触れるだけになってしまいました。心を入れ替えて、次からは丁寧に指でなぞることにします。

・ 変体仮名については、現代の仮名に近いものは何とかわかりました。しかし、ほとんどは吉村さんの説明を聞きながらなぞっていくだけになりました。どこまでが一文字なのか、自分がどこまで理解できているのか、よく分かりません。

・ 複雑で細かい文字は、拡大していただくと分かりやすくなります。

・ 『変体仮名触読字典』を使うときの、有効な方法があれば教えてください。


 この往復便となったメールを読み返して、また次の対処法を考えることにします。
 『変体仮名触読字典』と『触読例文集』の活用によって、さらに効果的に触読できるようになるはずです。そのための学習プログラムを、3人で意見交換をしながら作っていくことにします。なお、ここで紹介している『変体仮名触読字典』と『触読例文集』については、「『変体仮名触読字典』と『触読例文集』が完成しました」(2017年03月31日)で詳しく紹介しています。
 
 
 
posted by genjiito at 23:48| Comment(0) | ■視覚障害
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