2019年12月04日

【復元】運に見放された一日

 何をしても「あーあー!」ということはよくあります。
 疲れている時には、なおさら心身共に堪えます。
 そんな時の気持ちを綴ったブログの記事が、クラッシュしたデータの残骸の中から見つかりました。単身赴任で奈良から東京に出かけていた頃のことです。
 
(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年7月21日公開分
 
副題「しかし、ものは考えようです。」
 
 今日は一日中、会議と打ち合せに忙殺され、また書類作りに終始しました。最近は毎日のように、自分の時間を切り売りするだけの日々です。自分が本当にやりたいことがまったくできない日常です。

 そんな中で、今日は、というか今日も、さんざんな一日でした。

 いつものように午後9時頃に仕事を終え、どっと疲れて帰路につきました。
 まず、戸越公園駅に着くやいなや、改札を通ろうとしたちょうどその時に、電車がサッサと発車してしまいました。それでは逆回りのコースで帰ろうと思い、反対側のホームに移ったその時に、向かい側のホームに後続の電車が入って来たのです。先ほど、すでに電車が行ってしまったので、次はこちらに来る電車が早いと思ったのです。しかし、フェイントをかけられました。
 しばらく待った後に、ようやく来た電車に乗って、終点の大井町駅で乗り換えました。

 この時間帯になると、お腹も空きます。お昼を食べてから9時間近く、何も口にしていないのですから。駅の周りを見回したところ、息子と同じ名前の店がありました。とにかくお腹に何かを、と思っていたので、思い切って入りました。
 メニューに800円と書いてあったものを注文しました。しかし、帰りにレジでは 1,115円だというのです。アレッ、と思い、どうしようかと思ったのですが、料金のことを確認するのも気が引けたので、訝しみながらも言われた通りの料金を払いました。こんな時には、みなさんはどうされるのでしょうか。もし私がこんなに疲れ切っていなければ、メニューの料金と違うことを言って確認したはずです。でも、そんな気力は、すでに失せていたのです。特別料金をとるほどの店ではないように思うのですが。

 何となくスッキリしないままに、駅のホームに立ちました。
 ところが、ようやく来た電車は行きたい金沢文庫駅まで行かない、途中の駅までのものだったのです。その電車をやり過ごして、しばらくしてからようやく行きたい駅に止まる電車に乗りました。
 電車に乗ってから耳に届いた車内放送によると、私が行きたい駅へは、次の急行が早いとのことでした。それならと、降りようとしたちょうどその時に、無情にもドアが閉まりました。次の駅で降りて引き返しました。しかし、これまた入ってきた電車には、あと少しで間に合いませんでした。またまた、しばらくホームで待ち、ようやく来た特急に乗りました。前列に並んでいたにもかかわらず、突進する女性に気圧されたこともあり、座れないままに、大混雑の中を立ちっぱなしで50分間を耐えました。
 金沢文庫駅についたら、何とフィットネスクラブの受付終了まで、あと2分しかないのです。走っても6分はかかります。もう、今日は間に合いません。行かないことにしました。

 ブラブラ帰り、シャワーでも浴びるかと気持ちを切り替えて駅の階段を下りたところ、外は雨。昨日までの大雨が、今日はすっかり上がっていたのに。
 こんな人生なんだと諦めて、雨に濡れながら、トボトボと宿舎にたどり着きました。

 今日は、ついていなかったのです。

 しかし、何事も前向きに対処するように心がけている私です。ここで発想を変えて、気分転換をしました。
 つまり、帰宅途中に、車に跳ねられなかったのは幸運だったと。今日のニュースでは、交通事故の件数が数十年ぶりに減少したそうです。これまでは、1時間に1人が交通事故で死んでいたのです。見方を変えれば、1時間に1人ずつ、人間が人間に車で殺されていたのです。人1人が殺されると、マスコミは人の命の尊さを訴えます。しかし、毎日大量に殺されている交通事故死に関しては、もう完全にマヒしています。「交通戦争」などという名前をつけてマスコミが騒いでいたのは、すでに過去のことになってしまいました。日常的に生起するできごとは、ニュースバリューを失うのですから、このような死に方にマスコミは、形ばかりの対応です。国も、車で殺し殺されることには、真剣に手を打つ気はないようです。車による便利さを享受する人の数が、とにかく圧倒的に多いのですから、こんなことはあえて問題としないのです。

 業者が改造したガス湯沸かし器による一酸化炭素中毒死もそうです。車の欠陥により死んでいく人も、たくさんいるはずです。欠陥製品を手にすることが多い私が、自信を持って言えることがあります。製品は均一には作られていない、ということです。私は自動車も、欠陥車を何度か買わされました。突然正常な運転ができなくなって、心ならずも人を殺したり、自ら死んでいった方々は、本当にお気の毒なことだと思っています。私も、走行中に車の不調に気付き、すぐに修理をしてもらって事無きを得たことは、これまでに何回も経験しています。雨の中での高速走行中に、突然エンジンが停止したこともあります。また、高速道路上で駆動後輪のブレーキが利かなくなったこともあります。こんな話は、七八年前に、私のホームページで書いた記憶があります。またいつかまとめましょう。

 それはさておき、
 今日私が、駅のホームで突き落とされなかったのもラッキーでした。
 電車が転覆しなかったのは、不幸中の幸いでした。
 帰宅途中に、暴漢に包丁で刺し殺されなかったのは、本当によかったと思います。
 帰り道で、頭上に看板が落ちてきたりして、巻き添えを食わなくて助かりました。
 今日、関東に大地震が来なくてよかったと。
 などなど。

 考えようによっては、今日はいい日だったのです。
 今、こうして無事に、キーボードで文字を入力できているのですから。

 ものは考えようです。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 
posted by genjiito at 19:58| Comment(0) | *回想追憶
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