2019年11月09日

日比谷で源氏の橋本本を読む(16)[進出の定家本「若紫」の確認]

 朝早い、8時頃の富士山を見たのは久しぶりです。

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 新橋駅前のロータリーは、ちょうど古書市が立つところでした。見たい気持ちを抑えて、日比谷公園へと急ぎます。

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 日比谷公会堂の背後にそっと姿をのぞかせている日比谷図書文化館を眺めました。

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 日比谷図書文化館での源氏講座は、今月から午前と午後の2回の開講となります。午前は「異文を楽しむ講座」、午後は「翻字者育成講座」です。入り口の表示が、そのことを示しています。

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 本来なら、先月の体験講座から2つに分かれるはずでした。しかし、颱風の襲来により、中止となったのです。そのため、今日は体験講座に参加を予定されていた方と、本来の本講座を受講なさる方が一緒にお越しになる、という変則的な開催となりました。
 まったく異なる意識の方が一部屋にお集まりなので、戸惑いました。しかし、そこは何かと場数を踏んできた身なので、どうにか責を塞ぐことはできたと思います。要するに、いつも通りに好き勝手に喋り、受講者の意見を聞いたりするやり方なのです。

 プリントは、A4版で26枚を用意しました。どのような方々がお集まりなのかわからないので、幅広い対処ができるように、少し多めに資料を作りました。
 午前と午後の内容に微妙な温度差をつけて配布資料を扱いました。以下にここでの報告が煩わしくならないように、やったことを列記する形で書いていきます。
 今回のポイントは、先月見つかった、定家本「若紫」の巻頭本文に書き写されている文字の分析でしょうか。
 定家本「若紫」の巻頭のみならず、橋本本と大島本の巻頭の翻字を「変体仮名翻字版」で表記すると、次のようになります。「若紫」の巻頭部分の画像は省略します。

●橋本本「若紫」冒頭

わら八や三尓・王つらひ・堂まひて・よろ
徒尓・ま新な井・可ちなと・満いら勢・
堂まへと・し累志も・なくて・あま多堂
ひ・おこ里/△△△〈削〉おこ里・【給】気れは/△△△〈削〉【給】気れ・あ累・【人】の/の$・万う
春/$・やう/$・き堂【山】なる/る$む、傍む〈削〉・な尓可しと/し+てら・いふ・登
ころ尓なん/なん$・いと/$・可し古き・をこなひ【人】・
者へる・こその・な徒も・よのな可尓/のな可$・を古
里て・【人】/\・満しなひ・王つらひし越・
や可て・とゝむ累・堂くひ・おほく・【侍】りき・
新ゝ古ら可し・【侍】りぬるは・あや尓くに・」(1オ)


▲定家本「若紫」冒頭

わら八や三に・わ徒らひ・堂まひて・よろつ尓・
ましなひ・可ちなと・万いらせ・多まへと・志るし・
なくて・あま多ゝひ・おこり・堂まひ介れ盤・ある・
【人】・き堂やま尓なむ・な尓可してらと・いふ・【所】
尓・かしこき・をこなひゝと・【侍】る・こその・【夏】
も・【世】尓・おこりて・【人】/\・ましな日・わつらひしを・
や可て・とゝむる・堂くひ・あま多・【侍】りき・しゝこら
可し徒る・【時】者・うたて・』【侍】るを・とくこそ・【心見】さ」(1オ)


■大島本「若紫」冒頭

わら八や三尓/=瘧病・王らひ/王+徒〈朱〉・【給】て・よろ徒尓・まし
なひ/=【厭】日・可ちなと/=加ハ隆加也持ハ護持也・万いらせ・【給】へと・志るし・なく
て・あ万多ゝひ・おこ里・【給】介れ盤・阿る・【人】・
き多【山】丹な無/多=向南山万・な尓可し【寺】登/尓=鞍馬寺・いふ・【所】尓・
可しこき・をこなひ【人】・【侍】る・こその・【夏】裳・
【世】丹・おこ里て・【人】/\・満しなひ・王つらひ
し越・屋可て・とゝむ累/?△〈削〉ゝ・多くひ・あま多・【侍】
里き・志ゝこらうし徒累/う$か〈朱〉・【時】盤・う多て・』【侍】
を・とくこそ・【心見】させ・多満八めなと・きこ婦
連は/こ婦$こゆ〈墨朱〉・めしに徒可八し多る尓・おい可ゝま里て/可=屈・」(1オ)


 また、この講座で使っている橋本本、定家本と大島本に使われている文字の種類を分別すると、次の通りとなります。

●橋本本

[A] 漢字: 4種:8個
 人=3 侍=2 給=2 山=1

[B] 平仮名: 35種:112個
 な=12 し=7 ひ=7 ら=6 の=5 こ=5 と=5 て=5 る=4 く=4 ま=4 や=4 む=3 き=3 お=3 あ=3 い=3 り=2 を=2 ん=2 う=2 は=2 れ=2 も=2 へ=2 ろ=2 よ=2 つ=2 に=1 ぬ=1 ほ=1 そ=1 ふ=1 ち=1 わ=1

[C] 変体仮名: 16種:27個
 可=5 尓=4 古=3 堂=2 累=2 新=1 越=1 王=1 満=1 里=1 徒=1 者=1 登=1 春=1 万=1 気=1

[D] 片仮名: 0種:0個

[E] 注記: 1種:3個   削=3

[F] 記号: 5種:17個   $=7 △=6 ゝ=2 /\=1 +=1


▲定家本

[A] 漢字: 6種:8個
 侍=2 人=2 時=1 世=1 所=1 夏=1

[B] 平仮名: 34種:100個
 し=8 ま=8 ひ=8 な=7 こ=6 て=6 ら=6 る=5 と=5 き=3 り=3 あ=3 や=3 わ=3 お=2 を=2 む=2 く=2 い=2 つ=2 た=1 う=1 も=1 の=1 そ=1 か=1 ふ=1 れ=1 へ=1 せ=1 ち=1 ろ=1 よ=1 に=1

[C] 変体仮名: 7種:13個
 尓=4 可=3 堂=2 者=1 徒=1 多=1 日=1

[D] 片仮名: 0種:0個

[E] 注記: 0種:0個

[F] 記号: 2種:5個   ゝ=4 /\=1


■大島本

[A] 漢字: 10種:15個
 人=3 給=3 侍=2 時=1 世=1 夏=1 所=1 寺=1 山=1 厭=1

[B] 平仮名: 30種:73個
 な=7 し=7 ひ=7 こ=6 ら=5 て=4 う=3 き=3 る=3 と=3 お=2 あ=2 く=2 い=2 ま=2 か=1 む=1 つ=1 の=1 そ=1 を=1 ふ=1 れ=1 へ=1 せ=1 ち=1 ろ=1 よ=1 や=1 わ=1

[C] 変体仮名: 23種:52個
 尓=9 可=7 多=6 里=3 徒=3 累=2 盤=2 志=2 万=2 堂=2 八=2 屋=1 越=1 王=1 満=1 裳=1 登=1 無=1 阿=1 介=1 者=1 日=1 夏=1

[D] 片仮名: 0種:0個

[E] 注記: 2種:3個   朱=2 削=1

[F] 記号: 6種:18個   ゝ=8 ==5 /\=2 $=1 △=1 +=1


 この結果をどう見ても、定家本と大島本の文字種の傾向は違います。大島本は、定家の手を経た写本の流れだと言われて来ました。しかし、そう言っていいのでしょうか。書写されている文字の字母が違うのは確かです。この2つの写本は、何か違う本のように思えます。これは、定家本が写真版で公開されたら、すぐに確認したいと思っていることです。

 午前の部では、「若紫」の巻頭部文の校訂本文と現代語訳を提示して、異文が見られる問題箇所を見ていきました。以下の語句を検討対象にしました。

「わづらひて」「ある人、北山になむ、なにがし寺といふ所に」「世におこりて」「あまた」「時はうたて」


 この異文を確認するために、17種類の写本の本文を校合し、その校異をプリントにしたものを配りました。ここでは省略します。
 また、本文を解釈する上で参考になるように、古語辞典から「なむ」「ししこらかす」「あやにく」「うたて」の語句の説明文も配布しました。

 一般の方々を対象とする講座なので、専門的な検討ではありません。もちろん、私にも手に負えない問題が散在するものです。とにかく、今は大島本だけしか読めない環境にあっても、こうして異文の世界があって、その解釈もしてみる価値がある、ということが伝わればいいという立場での説明をしました。
 『源氏物語』のこと以外では、以下の小ネタもたくさん配布しました。

・新出定家本「若紫」の翻字に言及したブログ「鷺水庵より」の記事
・来月開催する中国での国際集会の宣伝
・新学習指導要領で明らかになった、高校国語の文学軽視の問題を取り上げた新聞記事
・「絆」「障害」の漢字表記に関する私見
・賀茂川が土木遺産となり、治水と景観の両立への挑戦が続いている新聞記事
・NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の石田さんが作られた糸罫の復元を回覧
・目が見えない方のために作成した『変体仮名触読字典』と『変体仮名触読例文集』も回覧

 さらには、雑多な話題の提供などなどです。
 いつもの通り、受講者から、私が提示した翻字資料のミスを教えていただきました。全部で6ヶ所ありました。計測した数値も、それに合わせて変更となります。上に掲げた資料は、訂正をした後のものです。
 毎度のことながら、大変失礼をしました。それにしても、受講者が厳しい目で資料を追っておられることに敬服し、気持ちが引き締まります。より正確な資料にすることは、次の世代に質の高い情報を引き継ぐことに直結します。資料の間違いを指摘していただくことは、ありがたいことです。

 質問にお答えすることが多かったので、いつものように終了時間が超過しました。申し訳ありません。

 終了後は、いつものように有志方々と有楽町で軽くワインをいただきました。1日で2つの講座を一気にやった割には、楽しかったせいもあるのか、思ったほどには疲れません。受講生の皆様の熱意に圧されての、心地よい快感を伴う8時間でした。
 
 
 
posted by genjiito at 23:56| Comment(0) | ■講座学習
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