2019年10月22日

読書雑記(272)船戸与一『蝶舞う館』

 『蝶舞う館』(船戸与一、講談社、2005年10月)を読みました。

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 2004年のベトナム、新月の月影の中で白骨の墓標が立ち並ぶ光景から始まります。
 すぐにサイゴンに場面は転換。街中の喧騒の中で物語は進みます。
 ベトナム戦争の時の話が詳しく語られます。ベトナムには多くの民族がいることや、それぞれの民族が闘っている様が活写されていくのです。私にとって知らないことばかりが展開するので、読み進みながら混乱してきました。それらを、船戸は丁寧に描き分けていきます。さまざまな言語が使われていることが、それぞれの局面で使い分けられ、丹念に語られています。言葉というものが、人々を精神的にも結びつけていることがわかりました。
 血腥い現場に蝶が舞い、蝶の刺青も印象的です。月光も、惨劇の場面を盛り上げます。船戸が描く世界は、静と動が混在する中で躍動しているのです。
 著者は綿密にベトナム史を調べ、現地を歩き回り、その膨大な情報をフィクションに盛り込んで仕上げたことがわかります。政治、経済、宗教、民族、芸術に至る幅広い話題が、背景で物語を支えているのです。
 私には、結局モンタニャール闘争委員会の実態について理解できないまま終盤を迎えました。ドイモイ政策についても同じです。現代ベトナム史の知識が欠けているからなのでしょう。最後に、梶本英輔が語るモンタニャール闘争委員会の全容は、もっと早く知りたかったことです。ベトナム政府の不当な弾圧に抗議して蜂起した組織であることを。物語の最後になり、その背景がやっとわかりました。
 日本人の戦場カメラマンであっても、報道者と行動者の違いというものが明確になっていきます。報道というものを通して、戦争と人間のありようが語られています。船戸流の語り口でずっしりと読者に覆い被さる、暗黒の民族史を扱った作品となっています。闇を見つめる眼が異彩を放っている、と言えるでしょう。
 最後の蒼い月影が印象的です。【4】

初出誌︰『小説現代』(2004年8月号、10月号、12月号、2005年1〜4月号、6月号、7月号)に掲載。
 
 
 
posted by genjiito at 18:53| Comment(0) | ■読書雑記
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