2019年10月09日

亡霊のよう顕れた〈青表紙本系統〉という専門用語

 今朝の京都新聞の1面に、「定家本を基にした青表紙本系統は、室町時代の「大島本」(重要文化財)を代表格に〜」と記されていました。〈青表紙本系統〉という用語が、はっきりと印刷されていたのです。ウェブのニュースでも、「定家本の流れをくむ室町時代の青表紙本系統の「大島本」(古代学協会所蔵)〜」(2019年10月8日 17:10)とあります。この〈青表紙本系統〉という用語の使い方は、問題が多いとされて来ました。2008年の源氏千年紀のあたりで、『源氏物語』の本文研究の実態をよく知らないマスコミ関係者が、不用意に池田亀鑑が言う〈青表紙本系統〉ということばをまき散らしていました。10年経った今、その再来ともいえることが起きています。

 この用語は、池田亀鑑が〈青表紙本系統〉〈河内本系統〉〈別本系統〉として、『源氏物語』の本文を3つの系統に分けたことに端を発しています。しかし、この〈系統〉とする分類は、すでに使われなくなった用語です。私も、『源氏物語』の本文論では系統論は成り立たず、〈群〉とか〈類〉で仕分けをすべきであることを提唱しています。そんな折に、〈青表紙本系統〉ということばが、新聞やネットに炙り出されてきたのです。『源氏物語』の本文に興味と関心を持って、その整理に当たっている者の一人として、また批判的に使われなくなったことばが蘇ったことに失望しています。

 本文の研究をする人が少ないことをいいことに、過去の用語となっていた池田亀鑑の、しかも80年以上も前に提唱した本文の系統論を復活させようとしておられるかのようです。悪意があってのことだとは思われません。便利な、重宝することばなのでしょう。知らない、ということに発する物言いなのです。そうであるからこそ、この場をかりて、気をつけましょうと言って、これからの若手研究者が知らずに使うことのないようにしたいものです。

 それにしても、『源氏物語』の本文研究は、とにかく遅れています。今また、こうした死語となったものが生き返っているのですから。研究者に、本文に興味と関心がない方が多いということも、こうした亡霊の再生を許す下地ともなっているのです。『源氏物語』の本文研究の研究基盤は、まだまだ基礎研究を必要としています。

 参考までに、私が本ブログでこのことに言い及んでいる記事を、いくつか思いつくままに抜き出しておきます。


■(1)「源氏千年(50)朝日新聞の文化欄に」(2008年06月24日)より
 新聞記事の中で「別本系統」という言葉が気になりました。雑多な古写本群を指すものなので、「系統」という分類にはならないからです。しかし、このようなことは、今の流れの中では瑣末なことです。
 それよりも、池田亀鑑の提唱した、〈青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という分類名が不適当な状況において、新しい名称を提案すべきです。
 私は、〈河内本群〉と〈別本群〉という2分別私案を提示しています。ただし、もっといい名称を思案中です。
 先日、室伏信助先生とお話しをしていたら、先生は〈河内本群〉と〈その他群〉にしたら、というアドバイスをもらいました。
 さらによく考えてみます。


■(2)「大沢本『源氏物語』の切り抜き帖・追補」(2008年07月21日)より
私は『源氏物語』の本文の研究をしている関係上、どうしても「青表紙本」「河内本」「別本」ということばがどのような文脈で使われているのか、ということに神経が行ってしまいます。

 そのような視点から見ると、この3分類が池田亀鑑によるものであることを明示して解説しているのは、朝日新聞だけでした。それ以外は、現在の学会がこの3分類に疑問を投げかけている現状をまったく意識しないで書かれているように読めます。『源氏物語』を研究している専門家でも、この本文の分別の問題はむつかしいのです。にわか勉強の記者の方々に酷な要求かも知れません。また、研究者の中にも、この問題を軽視しておられる方もおられます。不用意な「青表紙本」「河内本」「別本」という用語が飛び交う記事や、研究論文にしばしば出くわすのも事実です。

 とにかく、この「青表紙本」「河内本」「別本」という専門用語の使われ方を確認しておく上でも、以下の新聞記事は通読する価値があります。

 そして、改めて、この本文を分別する問題で、その分類基準と用語をしっかりと提示する努力を、自分の問題として強く意識しています。
 『源氏物語』の本文について、「青表紙本」「河内本」「別本」という、私の中ではすでに過去の用語がこのような使われ方をしている実態を確認し、改めて研究者としての責務を痛感しているところです。


■(3)「豊島科研の最終研究会に参加して」(2010年11月16日)より
 さて、この会に参加して、私は一つだけ悔いが残っています。
 それは、この4年間を通して、最後まで、〈青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という、もう80年も前に池田亀鑑が提唱した、『源氏物語』の本文を3分類する考え方を土台にした発表がなされたことです。

 『源氏物語』の本文は、写本の形態的な分類によれば、池田亀鑑の3分類もいいかもしれません。わかりやすいのです。ただし、それは昭和11年までに整理された分類での仕分けであることに注意が必要です。しかも、その後に確認された写本を含めて、写本に写し取られた『源氏物語』の本文を子細に読んで仕分けると、2つにしかわけられないのです。
 そのことを、近年くりかえし論文の形で公表してきました。私は、〈甲類〉〈乙類〉の2つに分けています。これまでの〈河内本群〉とでもいうものが、おおよそ〈甲類〉にあたります。

 このことを、この豊島科研でも強調してきたつもりです。また、豊島科研のスタート時点でも、本文の分類は、これまでのものをリセットして、白紙の状態で臨む、となっていました。しかし、終始、池田亀鑑の3系統論なるものがまかり通り、最後の先週の研究発表でも、それが基準となっての研究発表が目立ちました。

 私としては、ウーンと唸らざるをえませんでした。
 本文の形態的な分類と、本文の内容を読み取っての文学的な分別の違いについて、この4年間で私にはまったくこの研究会に足跡を残せませんでした。力及ばず、再起を期すしかありません。

 いまだに、池田亀鑑の3系統の分類は亡霊のように強かに生き残っています。
 さて、どのようにして撲滅すればいいのでしょうか。
 私が提唱する、『源氏物語』の本文は内容から見たら2つにしか分かれない、という私見は、まだまだ支持を得るには時間がかかりそうです。間違っていない証拠に、何年にもなるのに、いまだに1つの反論さえ出されていません。
 私見が無視されているのではないようです。みなさんがおっしゃることには、『源氏物語』の本文資料が手元にない、という一語につきるようです。『源氏物語大成』はすでに資料集としては使えないことは、すでに多くの方が気づかれるようになりました。そのためにも、『源氏物語別本集成』全一五巻(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、平成元〜一四年、おうふう)と『源氏物語別本集成 続』全七巻(伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、平成一七〜二二、おうふう)があります。しかし、これは使いにくいし、使い方がわからないとも。

 こうなると、さらに根気強く「『源氏物語』の写本は書かれた内容から見ると2つにしか分別できない」ということを、しつこく言い続けるしかありません。

 『源氏物語』の本文に関する〈2分別私案〉は、今後とも粘り強く主張していきたいと思います。
 そんなことを教えてもらった、この4年間の研究会でした。
 まだ、私にはやるべき仕事があるようです。


■(4)「京都で「蜻蛉」(第22回)/傍記混入の確証」(2015年09月12日)より
 これまでに私は、『源氏物語』の本文は〈甲類〉と〈乙類〉の2分別できる、ということと、異文が発生する原因に傍記混入という現象があることを、機会を得ては仮説として提示してきました。
 これについては、従来の池田亀鑑が提唱した〈青表紙本〉〈河内本〉〈別本〉という3系統論は、すでに完全に破綻しています。しかし、一般には今でもこの系統論が便利に重宝がられて使われているのが現状です。一日も早く、この3系統論をリセットして、あらたな本文分別に着手すべき時代となっています。


 〈青表紙本系統〉ということばが黄泉の国から蘇った今、若手の研究者のみなさんには、遅々として進まない『源氏物語』の本文研究の実際に目を向けてもらえたらいいと思っています。
 
 
 
posted by genjiito at 20:26| Comment(0) | ◎源氏物語
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