江戸時代は寛永頃、谷中の寺子屋が舞台です。ある日、名主が娘を嫁にしてくれと、浪人で読み書きを教える友次郎の元に来ます。しかし、妻ある身のために結婚はできないのでした。その妻が、3年の年季を明けて吉原から帰って来ます。月が、自分たちの互いの魂を映す鏡だと言います。
帰ってきた妻との話が第2幕です。病気がちの妻に、友次郎は不満です。二人の魂が離れていくのを互いに愛おしく思い、共に死んで魂を浄化させようとします。しだいに谷崎の世界になっていきます。夫の母の病を治すために廓に行ったことを悔やみ、母の逮夜で十五夜の月を見ながら冥土へと旅立ちます。友次郎の妹が、この物語を終始背後で支えています。【3】
※初出誌:『中央公論』大正6年9月号
今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第八巻』の解説で、伊藤整は次のように言っています。
この作品は、夫とその母親のために遊里に身を沈めた人妻が、肉體的な自己喪失と、それに附随する心理的違和のために、夫婦の愛の失はれたことに気づいて苦しむ。しかしなほ、記憶の中にある自分たちの愛の世界の恢復を唯一の生き甲斐として、その精神的な充足のために生命を断つのである。この作品はまた、大正十四年に作者が書いた「マンドリンを弾く男」を思ひ出させるものがある。(258頁)
■「仮装会の後」(戯曲)
4人の男の会話から、美しいものと醜いものの闘いで、醜くても勝てるということを論じます。美醜の論争が、多分に机上の論理と共に展開します。理が先行する内容に、辟易する読者も多いことでしょう。
最後の、醜男だけが悪魔の美を持っている、という結論は、広く支持されるものなのでしょうか? 理屈先行で、私には付いて行けない論争です。【2】
※初出誌:「大阪朝日新聞」大正7年1月
今回読んだ『谷崎潤一郎全集 第八巻』の解説で、伊藤整は次のように言っています。
(中略)對話劇は、男性と女性の相互間の牽引性についての問題劇として讀むべきものであらう。(258頁)
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