2019年07月29日

読書雑記(262)船戸与一『蝦夷地別件(下)』

 船戸与一の『蝦夷地別件(下)』(小学館文庫、1998年7月、669頁)を読み終えました。これは、全3冊の内の最終巻です。

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 前巻同様に、「BOOK」データベースからその紹介文を引いて、物語の流れを押さえておきます。

国後で始まった和人との戦い。しかし、叛乱に立ち上がったのはわずかな地点にとどまり、蝦夷地全土には広がらなかった。そこへ新井田孫三郎率いる松前藩の鎮撫軍が圧倒的な装備で鎮圧に迫る。もはや勝ち目はなくなった。このままでは、厚岸をはじめ鎮撫軍に与する同砲(ママ)とも戦うことになってしまう…。国後の人々は、松前藩から示された降伏の条件のほか、戦いを終わらせるために、さらに大きな犠牲を払わなければならなかった。命を賭したアイヌの思いは報われたのか。そして、江戸幕府の描いた「日本」という国の形とは。圧倒的な筆力の超大作、ここに完結。


 ペテルブルグの独房を抜け出せた、救国ポーランド貴族団のマホウスキのことから始まります。マホウスキが鉄砲を蝦夷に運べるか、ということが物語の展開に大きく影響するのです。
 話はすぐに、蝦夷の地に養生所を作って医療活動をする臨済宗の僧洗元に移ります。蝦夷の反乱に対して鎮撫に向かった松前藩の一行に、洗元は取り込まれていくのでした。
 御家人葛西政信は、老中松平定信のスパイだということが明らかにされます。松前藩から蝦夷地を取り上げるために、蝦夷の反乱を煽ったというのです。海外が狙う蝦夷地を、松前藩に任せてはおけないということです。
 日本という国家の立て直しのためにも、蝦夷地はロシアなどに渡してはいけない、と葛西は言います。船戸の国家に対する考え方を代弁しています。
 血腥い物語が綴られて行きます。迫力があるだけでなく、登場人物の心情が丁寧に描かれています。これまでの船戸のハードボイルドとは違う、人間の忿怒と激情が読者に届けとばかりの口吻で、活劇が展開します。
 鎮撫軍副監軍の松前平角がアイヌを40人惨殺した時、臨済宗の洗元は両目を切られ失明します。その時、天台宗の清澄は大般若経を逆さまに読んだそうです。舞台裏も克明に語られています。
 後半で、ラクスマンや大黒屋光太夫が出てきました。井上靖、吉村昭などの小説を読んだ記憶がオーバーラップします。
 失明した洗元が、音を頼りとする生活を余儀なくされていることが、事細かに描写されています。破戒僧が、しっかりと一人の人間として描かれているのです。
 惣長人のツキノエは、3年半前の悲惨な結末を招いた反乱を振り返ってこう言います。

「アイヌの暮しがこういうふうに変わっていくとは想わなかった。わしはじぶんが裏切者と陰口を叩かれてることを言ってるんじゃない。あの和人が教えてくれたように、アイヌが等級の低い和人として扱われることになるのだとは正直なところ考えていなかった、江戸に住んでる和人の肚のなかはまるで見抜けてなかった……」
「だとしても」
「何だ?」
「まちがってませんよ、絶対に! 何がどうなろうと、アイヌは生き延びなきゃならなかったんだ。それで充分じゃないですか!」
 ツキノエは三年半まえの戦いについてはこれでもう触れる気はなくなった。考えてみれば、喋れば喋るほどそれは愚痴になるのだ。コタントシの言いかたのほうがよっぽどすっきりしている。ああ……じぶんはいったいどこまで老いてしまったのだろう?(508頁)


 アイヌの時代はすでに大きく変化していることを身にしみて感じての、アイヌの総責任者としての感慨が吐露された場面です。

 最終段での壮絶な場面は、蒼い月影の下で展開します。人間が持つ渾身の迫力で語られます。
 最後に、静澄が洗元宛に書いた書簡の中で語られる水戸学のことは、もっとわかりやすく説いてほしいと思いました。

 なお、末尾に表記上の注記があります。著者の姿勢が窺えるものとなっています。

本書初版本(単行本)のアイヌ語表記に多くの誤りがあることが判明し、再版本以降、本文に訂正を施しました。アイヌ語復権への動きが著しい現代にあって、できうる限り正確なアイヌ語を伝える必要性を痛感し、本文訂正に当っては千葉大学助教授・中川裕氏の全面的な協力を得、北海道ウタリ協会札幌支部・阿部ユポ氏からは貴重なご意見を頂きました。
アイヌ語を片仮名で表記することには大きな困難が伴いますが、現在一般的なアイヌ語表記法に倣うことを旨としました。また文学作品という性格上、逐語訳的手法よりも文脈上最も適切なアイヌ語を選択する形をとった箇所も存在します。もとより完壁を期することが難しい作業でもあり、今後も読者の方々のご教示を仰ぎたいと思います。(663頁)


 原稿用紙2800枚の分量に盛りきれなかった内容と問題提起は、ずっしりと私の身体に覆いかぶさってきます。多分に手に負えないテーマながら、心の片隅にしっかりと居座っています。これまで、あまり意識して来なかった問題だけに、船戸氏から大事なメッセージを受け取った思いで、この長大な物語を読み終えました。【4】

初出誌:平成7年5月に新潮社より刊行。

 これまでの上・中巻については、次の記事を参照願います。

「読書雑記(258)船戸与一『蝦夷地別件(上)』」(2019年06月20日)

「読書雑記(261)船戸与一『蝦夷地別件(中)』」(2019年07月05日)
 
 
 
posted by genjiito at 20:01| Comment(0) | ■読書雑記
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